「はてなどう」「ナラカ」「円環伝承」共用。書き手は ちゃすかとすわさきの二人。
ミミア姫( 3) ミミア姫の旅立ち~いちばんさいしょの物語~ (アフタヌーンKC)
ミミア姫( 3) ミミア姫の旅立ち~いちばんさいしょの物語~  (アフタヌーンKC)田中 ユタカ
講談社 2010-09-22
おすすめ平均
stars愛を形にしたらこの漫画になる。
starsもはや漫画ではないです。
stars愛は溢れていますが…
starsこの作品はレビューで評価できない。自分で確かめるべし。
stars作者の血肉が込められた渾身の力作
Amazonで詳しく見る
by G-Tools


※第一巻、第二巻から四話分が、作者の公式サイトで無料公開されています。(PDF形式)
田中ユタカのページ


本屋の棚を眺めていると、愛蔵版でもないのに尋常でなく分厚いコミックスがあって驚きました。
見るに、多分雑誌で一、二回読んだことのある漫画で、これが最終巻らしい。
雑誌で見たとき好印象を持っていたのと、表紙の絵や装丁や解説文が気に入ったのと、加筆たっぷりの分厚い最終巻ということで読みでがありそうだったので、購読。
心に残る素敵なお話だと思い、Amazonの軒並み五つ星のレビューを読んで嬉しく共感し、自分もブログに感想を書いて紹介してみたいと思いました。

ところがどっこい。

今回、感想を書く作業を、他の人の感想を検索するところから始めました。
かなり解りにくさのある漫画なので、他の人たちはどんな風に解釈したのか知って、読み解く手がかりの一つにしたいと思ったからです。

すると、熱心なファンの方のレビュー(素敵な文章でした)に作者さんご本人がコメントを付けているのを見つけました。

ミミア姫 3巻/田中ユタカ(超進化アンチテーゼ)

「答えの用意されてない物語」「読み手にとって、限定が全くない、自由すぎるくらいに自由に読めるおはなし」「形のない話」
お見事です。


また、作者さんがツイッターで以下のように呟いておられたのも知りました。

「わからない」は自然でとても誠実な感想だと僕は思います。それは不寛容や無関心の言い換えとしての「わからない」とは全然違うと思います。 簡単に解決のつくことよりも、簡単に解決のつかない、つけてはいけないものたちの方を僕は重要だと考えます。

「わかりやすい物語」は時として極めて深刻な人間の「悪」になり得ると僕は思います。



それまで「『ミミア姫』ってどんなお話なんだろう。作者は何を言いたかったんだろう。ようし、推理してみるぞ!」とワクワクしていた気持ちが、しぼんでいくのを感じました。
多分、作者さんはそんなことは思っていらっしゃらないのでしょうが、
「答えを求めないのが正しい読み方であり、形を探そうとする読者は無粋である」
と言われたような気分になったのです。

いや。きっと、答えを求めるも求めないもご自由に、と仰るでしょうけども。(^ ^;)


個人的意見ですが、『ミミア姫』が解りにくいのは、答えの出せない(安易に出すべきでない)問題をテーマにしているためではなく、基本設定の曖昧さが大きな理由なのだと思います。
これは童話なのか、SFなのか、抽象観念ものか。
それすら掴みにくいので、どの方向を向いて考え始めればいいのかも確信が持てない。私だけかもですが。


でも、それらは置いておいても面白い漫画だと思います。
キャラクターの絵の愛らしさ。
丁寧で美しい言葉遣いや、ミミア姫の成長の丹念な描写が生み出す児童文学的な上品さ。
てらうことなく、惜しみなく肯定され祝福され続ける人の愛。
そして、なんといっても美しく幸せなラストシーン!
これらに惹かれてやまなかったです。

ともあれ。大枠から詳細まで好きに解釈してよいと、作者のお墨付きがあるってことかなと《自由に》解釈しまして、いつにも増して調子に乗ってやってみよーかと思います。

------------------

さて。考察という名の屁理屈を捏ねまわす前に、物語の説明とあらすじをば。
ただし、多分こういうコトなんだろうという自分解釈ですし(世界観設定がかなり捉えにくい漫画だと思います)、そもそも第三巻と、作者さんの公式サイトで無料公開中の四話分しか読んでいないので、何か致命的な勘違いをしているかもしれません。むしろしている気がする。その辺を考慮しつつ適当にご覧ください。


物語の舞台は、雲状の結界に守られた箱庭都市。《雲の都》と呼ばれています。(空は美しく晴れて澄んでいます。)
豊かな自然に恵まれ、自足し、飢える者はおらず諍[いさか]いもありません。
住民は皆、生まれながらに背に光の翼を出し入れできます。それで自在に大空を飛び、念話(テレパシー)で産まれる前から周囲と心を通わす。少し未来を視ることも出来て、自分の生きるべき道や死ぬ日も判りますし、冬の木に花を咲かせたり杖の先に火を灯すような魔法も使えます。

と言って、それで驕ったり無気力になったりすることなど全くなく、誰もが健やかな笑顔、生き生きした瞳をしています。
家族や友人と深い絆を持ち、恋人と愛し合い、仕事に誇りを持って、自然と共に健康的に生活しています。
老いの先には死がありますが、沢山の家族や友人知人に囲まれた理想的な大往生です。死を恐れる幼子に、怖いものかどうか見ておきなさいと誇りを持って言えるほどに。

そう。ここは天使たちの住む世界なのです。

宇宙は一つではなく、重なり連なった時空として無数に存在しています。《雲の都》のあちこちには、異なる時空世界とつながる鳥居が点在しています。(近付くことは禁止されています。)
《雲の都》もそうした無数の世界の一つに過ぎませんが、他の世界からは《天国》と呼ばれ特別視されているそうです。死後に行く理想郷なのだと。

そんな《雲の都》にも歴史があり、神話があります。
遥か昔、この星に直接生まれた最初の人類たる《星の子》には光の羽根が無く、念話も使えませんでした。彼らは呪われていました。憎しみ合い殺し合っていたのです。彼らは《雲の都》とその住民たちを創り、天に去って《神さま》になりました。

この神話は、《雲の都》の下層異時空にある巨大遺跡群《石の大巫女》の発見によって、真実であったと証明されました。
それは超高層ビル群の廃墟で、高度な科学技術が遺され、《雲の都》の時空はそこから生み出されている。崩れかけた壁には少女の姿が大きく映し出されます。自我を持ち会話のできる無邪気な彼女は、災厄に遭って雨に濡れている幼子の姿をしています。

《雲の都》と天使たちは自然に生まれたものではなく、かつての人類――《神さま》が創り出したものでした。
そのためか、《雲の都》の存在する時空は不安定であるようです。
都の結界を出ると、荒野になっています。戦争の跡のようなものや廃墟が見られることも。そして、ずっとずっと遠く都を離れて行くと、時空はどんどん曖昧になり、人間の姿は薄れ幽霊のようになって、ついには消えてしまうそうです。
世界の果てにあるのは廃墟と花群れだけ。その風景は、あらゆる宇宙の歴史が必ず行きつく結末でもあります。生まれたものは必ず死ぬのですから。

荒野には小鬼と呼ばれる愛嬌ある(ちょっぴり危険な)魔物たちがいます。そして、鬼と呼ばれる巨大で大変危険な魔物もいます。(要は、危険な存在を鬼と総称するらしい。)
それらから《雲の都》を守護する任を負っているのが、《サムライ》と呼ばれる天使たちです。墨染めの衣をまとい杖を持った彼らは、天空城を拠点に都の安全を守っています。

さて。そんな《雲の都》の王族に、新しい姫が生まれました。
年の終わりの冬の日のことです。
ミミアと名付けられた彼女は、光の羽根が無く念話もできない、《神さま》の姿をしていました。また、彼女の未来は空白になっていて「視る」ことができませんでした。
あってはならない異様なことです。彼女の存在が世界に歪みをもたらすことが予想されました。
けれど両親も姉姫も、周囲のあらゆる人々も皆、彼女の誕生を祝福しました。《神さまの子》と呼んで、惜しみない愛とキスを降るように与えて育てたのです。

一方、「英雄となって世界を救う」運命を持って産まれた少年がいました。大きな七色の羽根を持つ彼は、物語の英雄にちなんでルロウと名付けられました。ところが四歳の時、あまりに強い力を制御しきれずに両親を殺してしまったのです。
この暴発と同時に、彼の運命も消し飛んで空白になってしまいました。あってはならない異様なことです。
けれどミミア姫の両親は彼に祝福の言葉をかけ、館に引き取りました。彼はミミア姫と兄妹のように育ち、やがて自分の意思でサムライに志願しました。幼いミミア姫が憧れていた物語の英雄ルロウ。生まれ持っていた運命は砕け散ってしまいましたが、そのように彼女を守りたいと決意したからです。

ひ弱だったミミア姫も丈夫に育ち、十一歳になりました。盛大に祝われ、大人への一歩を踏み出したところです。
都の外に修行に出ていたルロウがたくましく成長して帰ってきて、二人の間に今までとは違う甘い感情が育ち始めます。

一方で、穏やかで幸せだった都に不穏な影がさしはじめます。あるはずだった未来が視えなくなり、恐ろしい災いが近く訪れることが予測されました。
それはミミア姫という歪みが呼んだ災いであり、《神さま》が仕掛けた世界の理[ことわり]でもありました。

異時空からやって来た鬼たちに、都は蹂躙されました。
鬼たちもまた、世界の理によって用意された存在です。
彼ら自身は光の羽根を持たない《神さま》と同じ姿の人間です。年の終わりの冬の日に《旅のお姫様》の誕生を祝う祭りをし、プレゼント交換するような。(《旅のお姫様》の物語は古くから知られ、綺麗な絵本にも描かれています。)
恋をしたり喧嘩をしたり、ごく普通の日常を送っている彼らは、兵器を携えて天国に攻め入り天使を殺すことを人類の悲願としています。
そして、天国で自分たちが鬼と呼ばれることも、天使には決して勝てないことも知っていました。
世界が存在する理由、自分が生まれた意味を、彼らは知っているからです。
だからこそ、役を全うすることに疑いが無い。天使の子供を射殺することも厭いはしないのです。

この戦いで、ミミア姫とルロウの未来に続くはずだった物語は失われました。
あまりの悲しみと怒りに、ミミア姫自身でさえ、自分の心は闇に染まってしまったと思いました。
しかし自分でも驚いたことに、彼女の心にはまだ、敵を赦し愛することのできる光が残っていました。
それはルロウが命かけて守ってくれたもの。ルロウは間違いなくミミア姫の騎士であり、その心という世界を守った英雄でした。

鬼は全て消えましたが、《雲の都》は破壊され焼かれて、大勢が死にました。
同時に、世界の外側から《真実》が心に流れ込んできて、天使たちは自分たちが生まれた意味、世界が在る理由を知りました。
愛するものを奪われた悲しみや憎しみ、そして存在自体への罪悪感が彼らを蝕み、皆、一時的にですが光の羽根を失いました。天国の清らかさは失われたのです。
流れ込んできた《真実》は、天国を覆う穢れを祓うために一人の子供が犠牲になる、それが遥か昔から繰り返されてきた、逆らえない世界の理[システム]であることを教えていました。

《雲の都》は、憎しみ殺し合った無残な歴史の果てに滅んだ人類が遺した良心のかけら。郷愁。そして希望の卵。
時が来れば卵は割られ、生まれた物語は《星の愛し子》……人類の歴史で産まれてくる全ての命、《神さま》の元へ、さかのぼり届けられます。
人類の歴史は無残な結末を迎えることが、もう決まっている。それは変えられません。けれど、物語は何度でも繰り返し伝えられます。歴史を始めなさい、と。
たとえ苦しく儚い命であっても。恐れずに、さあ生まれておいでと。

ミミア姫は、間もなく《雲の都》の時空から消え失せます。そして忘れ去られることになっています。
無数の異時空を見渡す、世界の外側を旅する存在になるのです。
それが《神さま》の姿で産まれた自分の、生まれた意味、存在する理由だったのでしょうか?
ミミア姫はそう自問し、きっと違うと思いました。
ミミア姫が異端であることを、この世界を壊す存在であることを、両親も姉姫も周囲の人々も誰もが気付いていました。けれど惜しみない愛情を注いでくれた。存在を肯定し祝福し続けてくれた。
そうして受け取った物語を持って、沢山の《神さま》達に伝えに行くのです。
人類の歴史は、決して聖なる犠牲から始まるものではないと、ミミア姫は思うのでした。

-----------------

この後、旅立ったミミア姫の身に、二つの奇跡が起こります。
二つ目の奇跡、ラストシーンとなるエピソードが素敵でした。これは、筋上では《雲の都》の人々の祈りから生じた奇跡ということかもしれませんが、私は違うことを感じました。

それは、普通なら起こるはずのないことです。あってはならないことです。…死んだ人間が甦るなんて。
けれど、いいじゃないですか。だって《物語》なのだから。

ミミア姫は無限の時空で語られる《旅のお姫様》のお話になった。
だからこそ許される奇跡。
これは、物語を受け取った多くの読者が望んだ、ご都合的な、けれど幸せな書き換えなのだと。
(だからこそ彼は、ミミア姫の《物語》の書かれた日記帳の白紙部分から現れたのかもしれない。)

この結末を見て本当に良かったと思い、心に残る物語になったのでした。
悲劇も好きです。そこからでないと得られないものもある。ですが、たまには奇跡が起きたっていい。


ついでに。ミミア姫が十一歳の姿に戻るのは、歳をとった大人の夢だなあ、と思いました。
取り戻せるはずのないものを取り戻せる。失われた時代をやり直せる。そして、時間はたっぷりある。手と手を取り合って。
そういう意味では、大人が望む童話、という終わり方だったと思います。

------------------

さて。ここから、話をちょっとずらします。

この結末を見た時、『魔法のプリンセス ミンキーモモ』という古いアニメを思い出していました。
人間界の夢が乏しくなったために夢の国の存在が危うくなり、夢の国の王女・ミンキーモモが人間界に降りて、魔法で人々を助けて夢を集めて行く、というお話。
数年の間を開けて二期ありまして、一期の方のモモは魔法の力を失った上に交通事故死し、自らの希望で普通の人間に生まれ変わる。誰かの手助けをするのではなく自分自身の夢をかなえたいから、というオチでした。

そして二期のモモは、一期のモモとは正反対の結末。
人間界の夢があまりにも乏しいため、夢の国の住民たちは地球を去ることになる。そうしないと消滅するから。モモも去ろうとしますが、土壇場で、地球での仮の両親(魔法で精神操作して親子関係を偽装していた夫婦)が免疫系の病気で余命乏しいうえ子供を望めない体だったことを知ります。彼らにとってモモは夢そのものだったのだと。自分が去れば彼らは絶望する。モモは地球に残りました。
その後彼女がどうなったかは、OVA版のインタビューで語られていました。地球の両親は病死し、葬式も済んで、モモは人々の生活を傍からそっと見守る存在になっている。やがて地上の夢は枯渇し、彼女は消滅するだろうと。

なんてひどい結末かと思い、ずっと心の底に引っ掛かっていました。それを『ミミア姫』を読んで思い出しました。
考えてみると、どちらも夢の国のお姫様でピンク色の髪ですし(笑)。なにより、他の人の幸せのために身を捧げ、人々を見守る存在になったところがね。

ところが。モモとは違って、ミミア姫には彼女個人の幸せとなる奇跡が用意されていました。
何て素晴らしいんでしょうか!
『ミンキーモモ』に感じていた不満が、ここで解消され、昇華されたように感じました。


もう一つ。
『テイルズ オブ ジ アビス』というゲームのことも、読みながら頻繁に思い出しました。
(私はこのゲームのファンサイトを持っているので、つい関連付けてしまいます。)
その主人公のルークもまた、本来あってはならない異端として生まれ、他の人々が皆持つ定められた未来を持たず、最後に犠牲となって世界から消滅し。世界そのものを救ったキャラクターだったからです。「生まれた意味」というキーワードが重視されている点も同じ。ついでに言うと、王族で赤毛ですね(笑)。

『アビス』には複数のテーマがありましたが、その一つは『ミミア姫』と近いところに着地していたと思います。
苦しくても儚い命であっても、たとえ無残な結末が定められているとしても。生まれたい。生きていたい。
ただ、そこに至るまでは正反対でした。ミミア姫は周囲からこれでもかと愛を与えられ肯定されていましたが、ルークは否定から始まります。


検索した『ミミア姫』の感想の中に、非常に厳しい批判をしているものがありました。
厳密には、連載開始前の読み切り版への感想なのですが。(読み切り版は第三巻巻末に収録されています。)

『ミミア姫』 ~ 何故田中ユタカ作品は、俺を激怒させるのか(ネタバレ有り)(佐倉めいるのWeb乾坤一擲)

この感想にもまた、程度の差はあれ、『アビス』を連想させられました。
ミミア姫の旅立ちを「死」と定義し、子供が世界に殺される、犠牲にされると激しい怒りをぶつけている。
ルークに対して同様に、子供が世界に殺されたと憤る感想を多く目にすることがあったからです。

もしも、かつてルークの不幸に怒っていた人が『ミミア姫』を読んだら、私が『ミンキーモモ』への鬱屈を晴らされたように、多少なりとも救われた気分になれるだろうか、と思いました。

ルークは愛の在り処に自分で気付き、自分で獲得しなければなりませんでしたが、ミミア姫は最初から、抱えきれないほど与えられています。(ルークと同様に)幼くして人殺しの罪を背負ってしまったルロウにも、同じようにそれは与えられます。

「あなたを愛しています」「あなたを誇りに思っています」「あなたは生きていていいのです!!」「生きていていいのです!!」


「何度でも伝えておくよ」「おまえを愛している」「自分たちの生命より」「世界の全部よりも」「お前の方が大切だ!!」
「おまえは望まれて この世に生まれてきた」「おまえがいてくれたので わたしたちはしあわせになった」
「おまえは愛されて生きてきたんだ」「ミミア」「それがいちばん大切な真実だ」
「力でも正義でもない この真実だけが 敵を打ち倒すことができる」「これからの長い旅路で おまえを護ってくれる何よりも強い武器となる」
「大丈夫 心配はいらないよ」「わたしたちと同じように おまえは愛することができる」


そしてこの惜しみない愛を受け取った《ミミア姫》は、ある《生まれてすぐに、母ともども死ぬ定めの赤ん坊の魂》に出会った時、それでも生まれよ生きよと言いますかと問われて、「それでも です」と力強く言うのでした。

「星の愛し子よ」「大丈夫」「さあ生まれてきなさい」



ルークは自分でその答えを見つけました。そこに価値があったのだと思っていますが、ミミア姫にそう言ってもらえたなら、あれほどに苦しくはなかったのかもしれないですね。


『ミミア姫』三巻の、読み切り版の作者コメントに、こうありました。

結局、僕はずっと何年も、
何故、掛け替えのない愛しい子が世界から旅立たなければならないのか、
たとえそれで世界の全部が救われるとしても、
その許せないことを考え続けてきたのかもしれません。


自己犠牲の必然性を模索していた、ということなんでしょうか。

------------------

さてさて。
何だかずれた話をしましたが、要は、『ミミア姫』を既存の物語や現実の体験の補完、鬱屈の書き換えとして読むこともできるなぁ、という意味でした。
突飛ですねと言われそうですが、こう考えた理由はもう一つあります。

『ミミア姫』では、SFでオカルトな世界設定が思わせぶりに、断片的に提示されます。けれど引っ張るだけ引っ張って、結局 詳細が明かされることはありません。
この感じ。有名なアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』と似ていませんか?
考えてみると、最初はキャラクター中心の楽しい日常から始まって、やがて世界の謎が散りばめられ、得体のしれない侵略者は実は人間で、最後にそれまでの世界が崩壊する流れも同じです。

『エヴァンゲリオン』のヒット後、ライトノベルを中心に《セカイ系》と呼ばれる作品群が台頭したことがありました。
主人公「ぼく」とその周囲の「きみ」を中心に、世界の存亡のような大きな異変が起きる。けれど何が起きているかの現実的な理屈は、思わせぶりな断片表示程度で詳細を語らない。あくまで「ぼく」と「きみ」のモラトリアム的な心の動きが、物語を動かし世界を変える、という。

童話的な外観に惑わされますが、『ミミア姫』は間違いなく、《セカイ系》に分類されるタイプの物語です。

結論から言いますと、『エヴァ』(系の話)がとても好きだった人が自分だったらキャラにこう言ってあげたかったという鬱屈を昇華させた物語、という側面も『ミミア姫』にはあるように感じたのでした。
…実際はどうなのか判りません。作者公式サイトの日記を拝見すると『新エヴァ』劇場版の感想があったので、『エヴァ』をご存知なのは確かのようですが。

例えば、『エヴァ』では人が心通じ合えず孤独である苦しみを描いて、その果てに人の心が融合した新世界を創る「人類補完計画」が行われます。
対して『ミミア姫』では、人は念話を使い心通じ合って誰一人孤独に苦しむ者がいません。この世界は、かつて滅んだ人類が最期に見た夢という設定で、言うならば人類補完計画で創造された新世界の未来の姿なのですね。
そこに生まれたミミア姫は念話の使えない切り離された存在ですが、それでも大丈夫、通じ合えるよということを身をもって証明する。で、その体験を《物語》として、遥か原点、補完される以前の世界の「生まれて生きることに怯える子供たち」に伝えに行く。

『エヴァ』の主人公・シンジやヒロインたちはみな、愛情に飢え、生きることに怯えている子供でした。
ミミア姫が「生まれておいで」と愛を伝えに行く《神さま》とは、シンジたちでもあったのではないかなあ、なんて。


…こういう角度の、他作品を引き合いに出すような感想というのは邪道でして、あまり褒められたものではありませんです。
(読んでいる方も、ハァ? なんだこの感想、と呆れていることかと思います。)
しかしまあ、答えがない自由に解釈していいということでしたので、今回は普段よりもブッ飛ばさせていただきました。はは。

------------------

最後にもう一つ。

《雲の都》に攻め入る鬼(異時空の人類)たち。彼らの心理は理解しがたかったですね。
どういう経緯で運命を知ったのかも謎ですが、どうしてそれに唯々諾々と従っているのかも謎でした。
彼らは既に《旅のお姫様》の物語を持っています。自分たちが悪役として殺して殺されるだけだと解っていて行うのは何なんでしょう。強制力か何かが働くのか? そして、それが人類と地球の全ての生命の悲願だというのはどういうことなんでしょう。

……名前が「(A)A-78」だの「XA(X)-96」だのの記号でしたから、実は彼らは使命を認識した人類がそれ専用に創って送り出したクローン等の人工生命体だったのかな? それなら、自分たちには世界に定められた運命を全うする以外の存在価値がないと思い込んでも仕方がないのでしょうか。

鬼の女の子が、石の大巫女そっくりの顔立ちをしていたり、石の大巫女と同じ銀の笛をプレゼントされるエピソードがあったり、ミミア姫と同じ赤い日記帳で日記を毎日つけていたり。思わせぶりな符牒が色々散りばめてありました。
理屈をつけるなら、石の大巫女(の、生体コンピューターの原型となった人物?)と彼女は異時空の同一存在だとか先祖子孫に当たるとか、そういう風にも考えられるんでしょうか。しかしこれは多分、読者を惑乱するだけの仕掛けで、大きな意味はないのだろうなと思いました。

この鬼の女の子が、あまり好きになれませんでした。
鬼として討伐される最後に神を呪い、なんだかカッコよさげなことを言うのですけども。

わたしは誰かの物語の一部などではない
わたしには好きな人だっていたのに 友だちだっていたのに
神さま 何も知らないくせに!!

消えて…… …あげない…!!


だったらどうして、《雲の都》に突入する前に好きな人や友達の手を引いて逃げ出さなかったのでしょうか? 成功するかはともかく、そうすれば誰かの物語の一部ではない、彼女自身の物語が始まっていたでしょうに。
自分たちが殺されることはひどいと憤りましたが、罪のない天使たちを殺すことには何一つ疑問を抱いていませんでした。少しでも多く殺そうともがいていました。自ら運命に従っておいて、土壇場に神を呪う(人のせいにする)のはどうなのかなぁと。

って。勿論、この子にはどうすることもできなかったんでしょうけど。他の価値観も知らなかったのでしょうから。こんなことを言うのは無意味ですし酷ですね。

物語が繰り返されるというのなら、この子もまた生まれて、鬼になって攻め入ってくるんでしょうか。
その時は、もしかしたら違う物語が語られることもあるのかもしれません。《神さま》(作者、読者)の印象には消えずに残ったでしょうから。今度こそハッピーエンドになればいいなと思います。


それにしてもこの漫画、実験的です。殆どシナリオのような、絵のない、お馴染みキャラが一人も出ない回もありますし。
単行本で読むのはいいですが、月刊誌での連載を読んでいた読者にはワケが解らなかっただろうと思いました。
こういう独特な漫画を数年に渡り連載させていた『アフタヌーン』編集部の懐の広さは、素晴らしいと思います。最終巻をこうして分厚くしながらも出したのも。

-------------------

以降、折り畳んで10/26追記。
エキサイトニュースにて、作者の田中ユタカ氏のロングインタビューが行われていたのを発見しました。

〈『ミミア姫』の田中ユタカインタビュー前編〉「電子書籍で作者と読者の関係が変わり始めた」(Excite)
〈『ミミア姫』の田中ユタカインタビュー 後編〉「作品はもっとこの世の果てに行かなければ」(Excite)

――そういえば『ミミア姫』はなぜ人間の世界ではない場所が舞台なのですか? 人間の姿(羽のない姿)のほうが「神さまの子」と設定されたのはなぜですか?

田中 作家には事前に隅から隅まで固めてから書くタイプもあれば、書き進めながら考えるタイプもあります。
僕は後者の描きながらタイプなので、先にイメージや言葉や出来事が来て、その意味を後から必死で考えます。そのイメージや言葉や出来事が本物かどうかを感じ分けるのに集中します。正しいものが見えるまで何度でも描き直します。巨岩の奥にきっとあるはずの作品の正体を少しずつ掘り出していく感じです。
光の羽根の意味も、何故ミミアだけにそれが無いのかも、この作品に取り組んだ7年間ずっと考え続けました。


――そういえば作中では「生命」「生きる」ということを度々テーマに出していますが、こだわりのようなもの、または「これは伝えたい」というものはあるのでしょうか?

田中 予め「これは伝えたい」というテーマが明確に見えているわけではなく、これもまた描き進めながら探っていくという感じです。『ミミア姫』だってもっと娯楽的なファンタジー作品を作るつもりもあったのですが、描いているうちにああなりました。


い、行き当たりばったりだったのか~……。
何もかもってわけじゃないんでしょうが。そうかー…。
いや勿論、ライブ感覚で変化する物語には、それ故の魅力がありますが。

確かに、(作者のライフテーマらしい?)「絶対的な存在の肯定、愛の礼賛」以外の部分は、あらゆる点で曖昧で、ぼやけて揺れている感じでしたもんね…。そうか。計算じゃなくて、考えながら描いていたための揺らぎだったのか……。

インタビューで答えていること自体が曖昧というか少しずらして答えているというか抽象的ですね。特にこれ。

「生命」「生きる」ということについて言えば、「生きる」に僕はあまり価値があると感じられなくなっています。
とりわけ今は「生命」とか「生きる」は誰も反対できない、特に深く考えなくても、とりあえず肯定される言葉です。それでは作品の主題として設定するには不十分だと感じます。作品はもっとこの世の果てに行かなければと考えます。
「生きる」を超えなければ。
『ミミア姫』は「生きる」を超えるところを目指すことになりました。


「「生きる」を超える」って何ぞや。
《物語になった》って事を仰りたいのでしょうか。
よく解らないけれど、インタビュアーの人は感動しているみたいなので、何か深くて凄いことらしい。
付いてこれる読者だけ付いてこい、と、走り去られてしまった気分になりました。


解りにくいって事は、本当はそうも褒められたことではないと、思う、のですよ……。
読者が想像で補うべきだ、って言うのは、そりゃ、言われなくても読者はみんな自分勝手な解釈・想像をするものですけど(作者の意図通り理解する羊のような読者なんて一握りです)、作者側が「だから解り難くていいんです、各自補完してください、答えはありません」と言っちゃうのは。
ミステリアスな魅力と、明確さが乏しいってことは、似て非なることですし。

それに。解り易いことや誰もが肯定する事は、手垢がついてて、創作価値が低く思えるのかもしれないですが……。
そうした他者の創作物を軽視している(とも取れる)発言を、こうしたインタビューやツイッターで公的に発信するのは、いかがなものかなぁ、とか。
うーんんん……。


しかし、きっとそういうおつもりではないのでしょうし。多くの読者は何も引っかからないのでしょうし。
人それぞれですね。
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エキサイトニュースにて、作者の田中ユタカ氏のロングインタビューが行われていたのを発見しました。

〈『ミミア姫』の田中ユタカインタビュー前編〉「電子書籍で作者と読者の関係が変わり始めた」(Excite)
〈『ミミア姫』の田中ユタカインタビュー 後編〉「作品はもっとこの世の果てに行かなければ」(Excite)

――そういえば『ミミア姫』はなぜ人間の世界ではない場所が舞台なのですか? 人間の姿(羽のない姿)のほうが「神さまの子」と設定されたのはなぜですか?

田中 作家には事前に隅から隅まで固めてから書くタイプもあれば、書き進めながら考えるタイプもあります。
僕は後者の描きながらタイプなので、先にイメージや言葉や出来事が来て、その意味を後から必死で考えます。そのイメージや言葉や出来事が本物かどうかを感じ分けるのに集中します。正しいものが見えるまで何度でも描き直します。巨岩の奥にきっとあるはずの作品の正体を少しずつ掘り出していく感じです。
光の羽根の意味も、何故ミミアだけにそれが無いのかも、この作品に取り組んだ7年間ずっと考え続けました。


――そういえば作中では「生命」「生きる」ということを度々テーマに出していますが、こだわりのようなもの、または「これは伝えたい」というものはあるのでしょうか?

田中 予め「これは伝えたい」というテーマが明確に見えているわけではなく、これもまた描き進めながら探っていくという感じです。『ミミア姫』だってもっと娯楽的なファンタジー作品を作るつもりもあったのですが、描いているうちにああなりました。


い、行き当たりばったりだったのか~……。
何もかもってわけじゃないんでしょうが。そうかー…。
いや勿論、ライブ感覚で変化する物語には、それ故の魅力がありますが。

確かに、(作者のライフテーマらしい?)「絶対的な存在の肯定、愛の礼賛」以外の部分は、あらゆる点で曖昧で、ぼやけて揺れている感じでしたもんね…。そうか。計算じゃなくて、考えながら描いていたための揺らぎだったのか……。

インタビューで答えていること自体が曖昧というか少しずらして答えているというか抽象的ですね。特にこれ。

「生命」「生きる」ということについて言えば、「生きる」に僕はあまり価値があると感じられなくなっています。
とりわけ今は「生命」とか「生きる」は誰も反対できない、特に深く考えなくても、とりあえず肯定される言葉です。それでは作品の主題として設定するには不十分だと感じます。作品はもっとこの世の果てに行かなければと考えます。
「生きる」を超えなければ。
『ミミア姫』は「生きる」を超えるところを目指すことになりました。


「「生きる」を超える」って何ぞや。
《物語になった》って事を仰りたいのでしょうか。
よく解らないけれど、インタビュアーの人は感動しているみたいなので、何か深くて凄いことらしい。
付いてこれる読者だけ付いてこい、と、走り去られてしまった気分になりました。


解りにくいって事は、本当はそうも褒められたことではないと、思う、のですよ……。
読者が想像で補うべきだ、って言うのは、そりゃ、言われなくても読者はみんな自分勝手な解釈・想像をするものですけど(作者の意図通り理解する羊のような読者なんて一握りです)、作者側が「だから解り難くていいんです、各自補完してください、答えはありません」と言っちゃうのは。
ミステリアスな魅力と、明確さが乏しいってことは、似て非なることですし。

それに。解り易いことや誰もが肯定する事は、手垢がついてて、創作価値が低く思えるのかもしれないですが……。
そうした他者の創作物を軽視している(とも取れる)発言を、こうしたインタビューやツイッターで公的に発信するのは、いかがなものかなぁ、とか。
うーんんん……。


しかし、きっとそういうおつもりではないのでしょうし。多くの読者は何も引っかからないのでしょうし。
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【2010/10/24 17:21】 | すわさき・感想
【タグ】 漫画の感想  
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