「はてなどう」「ナラカ」「円環伝承」共用。書き手は ちゃすかとすわさきの二人。


以呂波紅葉/以呂波椛[イロハモミジ] Acer palmatum
別名:以呂波楓[イロハカエデ]、高雄楓[タカオカエデ]、小葉紅葉[コバモミジ]

カエデ科カエデ属の落葉高木。本州以南、四国、九州に分布。
他のモミジ(楓)より葉が小さく細いのが特徴。

紅葉[モミジ]の名で知られるように、秋の紅葉[こうよう]が格別美しい木です。しかし春から夏、特に初夏の、日を浴びてうっそうと茂り、時折風にたなびいて光る緑の葉の美しさは筆舌に尽くしがたい。

古くから日本人に愛されて園芸品種が数多く、300種ほどもあるとか。
普段は緑で秋に紅葉するもの、春は赤くて夏に緑になって秋に紅葉するもの、一年中赤いものがあります。

春先に葉が出る頃、4mm程度の小さな花を寄り集めさせて咲かせます。
受粉を風で行う風媒花なので、強いて虫にアピールする必要もなく、香りはしません。
儚い花で、短期間で枯れてはらはらと散っていきます。



この花の儚さや若葉の美しさに風情を感じた人は昔からいたようで、『枕草子』や『徒然草』(139段「家にありたき木は」)でも称賛されています。

『枕草子』 「花の木ならぬは」

かへでの木のささやかなるに、もえいでたる葉末のあかみて、おなじかたにひろごりたる、葉のさま、花も、いと物はかなげに、虫などの乾[か]れたるに似て をかし。

モミジの木の小さい奴で、萌え出した葉の先が赤味がかって、同じ方に広がっている。葉の様子も花も、大層もの儚げで、虫なんかの干からびた奴に似ていて面白い。


「虫などの乾[か]れたるに似て」という感想は、言い得て妙ですよね。
枯れてチリチリになりつつ枝に付いているモミジの花は、実際、干からびた虫の死骸みたいです。ナルホド、と膝を打つ感じ。
そこに情緒を感じる清少納言さんの感性は幅が広い。そこがまた、いとおかし。


イロハモミジの花


雌雄同株で、おしべが放射状に広がっている雄花と、突き出しためしべと短いおしべを持つ両性花が同じ木に付きます。
雄花と両性花の比率は木(時季?)により異なるようで、両方が同じくらい咲いているもの、雄花がやや多いもの、両性花しか咲いていないものも見ました。

上の写真の両性花、左右に平べったく張り出したユニークな形の子房が目立ちます。
これは既に育っていますが、花が若いうちは子房も小さいです。

イロハモミジの両性花←逆光で見にくいですが、まだ若い両性花。
めしべの先がクルンと巻いていること、子房が小さいながら既に実の形をしていること、短いおしべがあることが確認できます。


イロハモミジの種子
両性花の子房は成長し、その特徴的な形のまま実になります。

二枚の羽根でクルクル回りながら舞い落ちてくる様子が印象に残っている人は多いのではないでしょうか。


イロハモミジの種子




「イロハモミジ」という名の由来は、手のひら状に五~九裂した葉の先を「い、ろ、は、に……」といろは順に数えたことから。
別名の「高雄楓」は、京都郊外の紅葉の名所、高雄山神護寺に因んで。


中国には四百年ほど前に移入され、「鶏爪槭」と呼ばれています。ニワトリの爪のカエデ…。日本でも鶏の脚を甘辛く煮たやつを「もみじ」と言ったりしますが、人が抱くイメージはどこの国でも同じですね。

ちなみに「カエデ」は「蛙手[カヘルデ]」→「かへで」→「かえで」と転訛したもの。
平安時代中期の辞書『倭名類聚抄』に、「『楊氏漢語抄』で言う鷄冠木=加比留提乃木[カヘルデノキ]」と載っているので、「鷄冠木」と書いて「カエデ」と読ませることもあります。

古代の日本人は、あの葉を蛙の手に見立ててたんですね。
いろは紅葉は葉が細くて切れ込みが鋭いですが、その他の「カエデ」と呼ばれる同属種は葉が太く切れ込みも浅めだからかもしれません。蛙の指は太くはないですが、水かきがありますので。

「モミジ」の語源はと言えば、紅葉するという意味の古語動詞「もみつ/もみづ」が名詞「もみち/もみぢ」に変化したものです。


近年、大阪府箕面市で、天ぷらにしたモミジの葉を銘菓として売っているようです。塩漬けの葉を胡麻と砂糖入りの衣を付けて揚げた、パリパリのかりんとうみたいなものらしい。美味しそうです。


モミジの花言葉
遠慮、自制、節制
大切な思い出、秘蔵の宝
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【2010/05/02 19:00】 | すわさき・その他
【タグ】 この花なんだ  
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