「はてなどう」「ナラカ」「円環伝承」共用。書き手は ちゃすかとすわさきの二人。
Who! ―超幻想SF傑作集― (東京三世社/マイコミックス)
(1981/2/10)
佐々木 淳子

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かつて、少女漫画畑の漫画家による比較的硬派でシリアスなSF漫画が隆盛した時代があり、性別を超えてマニアに注目されていたようです。
佐々木淳子は、それらSF少女漫画家の一人。
雑誌のカラーがすっかり変わった今となっては信じ難いですが、彼女による「本格的な」SFやファンタジーが、『週刊少女コミック』やその類縁誌に掲載されていました。

メインの活躍場だった小学館からの初単行本は、デビューから六年後の『ブレーメン5[ファイブ]』第一巻ですが、その一年前に、東京三世社から正真正銘の初単行本が出されています。それが、今回紹介する『Who!』。

この単行本、A5判上製本(ハードカバー)で、一般書のように硬くしっかりした造りです。
当時の東京三世社はマニア向けのSF漫画に力を入れていたようで、大メジャーからマイナーまで沢山の漫画家による『SF漫画競作大全集(SF漫画大全集)』という隔月刊誌を出していました。そこに描き下ろされた四ページのショートショート『Who!』を表題にして、他の収録作は全て『週刊少女コミック』やその類縁誌に載った読み切り短編になっています。

二回ほど判型を変えて出版し直されていますが、現在は絶版。古本で買えますけどAmazonで見ると信じられない値段になってますね(汗)。安くても元の値段の倍近いって…。高い方は口が閉まらなくなるほどプレミアついてる。

今のところケータイコミック配信もされていないようです。なので、今回は引用の範囲内で画像も少し使いつつ、収録七作品の中から三作品を紹介したいと思います。


長いのと画像があるのとで、本文は以下に折り畳みます。


『赤い壁』
主人公は、(多分)高校生の少女、ちさと。

ちさとは よく夢で恐竜公園に行く。そこを出ると大きな商店街に出て、その先は店のまばらな道になる。
ある日、この先には何があるのだろうと思い立った彼女は、現れた13歳くらいの少年の警告を無視して進んで行った。
道のどん詰まりには、どこまでも続く赤い壁(塀)があった。高くてその向こうは見えない。さあ、この先には一体何があるのだろう。彼女は壁をよじ登って乗り越えた。

ところが、そこは近所の街。親友の育代と出会い、私の想像力もここまでか、とガッカリしたちさとだったが…。
目覚ましの音で目覚めて驚いた。ちさとは、育代の意識の中に入り込んでいたのだ。と言っても、育代に意思を伝えることもできない。ただ、育代の行動を彼女の視界で見ているだけ。

少年が警告していた通り、あの赤い壁は夢の境界線だったのだ。壁を越えたため、自分は育代の夢の中に入り込んでしまったに違いない。早く戻らなければ、自分の肉体は眠ったままになってしまう。
育代が学校で居眠りして夢を見はじめたので、急いで駆け戻って赤い壁を越えた。
ところが。そこはちさとの夢ではなかった…! 同じ場所から入ったのに。

幾つかの夢をさまよった後、例の少年が現れて、知っていることを教えてくれた。
親しい人間の夢は隣り合わせになりやすいこと。
人が死ぬとその夢も消えてしまうこと。
彼自身も、かつて好奇心から赤い壁を乗り越えて自分の夢に帰れなくなった迷子で、もう五年も眠ったままでいること。(だから本当は ちさとより年上である。)おかげで、色々な記憶が曖昧になりつつあること……。

二人は幾つもの赤い壁を超えるが、自分の夢に帰りつけず、目覚めるのはいつも他人の中。

そんなある時、奇妙な塔に二人は吸い寄せられる。そこには汽車が停まっていて、乗れば新天地へ連れて行くと言う。ちさとはフラフラと乗ってしまうが、少年は強く止めた。ちさとには汽車に見えたそれは、竜だったのだ。人間の夢と別の生物の夢の間を行き来する使者なのだと言う。

天高く舞い上がった竜から、少年は投げ落とされる。だが死にはしない、自分の夢が受け止めてくれるだろうさと車掌が言ったのを聞いて、ちさとも一か八か飛び降りた。

落ちながら下を見ると 広い広い人間の夢の世界全体が見渡せた
……その世界は全体でひとつの大きな……




人類全体の精神は奥底で繋がっている……こうした考え方は古くから世界各地にあり、心理学者ユングが唱えた「集合的無意識(普遍的無意識)」、仏教の「阿頼耶識[あらやしき]」などが知られています。

赤い壁で区切られた「個の領域」。しかしそれを俯瞰すると全体で一つの人間の顔になっているクライマックスの絵は大変象徴的です。
更に面白いのは、それが「眠っている」こと。
いつか「目覚める」時が来たら、その時何が起こるのか…? と想像力を刺激させられます。

類似の思想は、作者の代表作の一つ『ブレーメン5[ファイブ]』にも表れており、未来の地球で人類が「目覚めて」、全体で一つの意識を持つようになったと語られています。ただし、主人公たちはそうなることを拒み、地球を捨てて宇宙に新天地を求めて旅立つのですが。

この漫画、ちさとたちのさまよう夢世界自体の描写も面白かった。
不条理で、だからこそ愉快で少し怖い。
死ぬ直前の人の夢に入った時、不気味な廃墟にネグリジェを着た長い髪の女の人がポーン、ポーンと何度も高く跳ねて、フッと空に溶けて消え、途端に全ての景色が歪んで崩れて行き、最後は赤い壁で囲まれた内部が かぽっと抜け落ちて何もなくなるのは、怖くて悲しくて印象深かったです。この人はネグリジェを着て死んだのだろうか…病気だったのかな等と想像したものでした。最期に夢の中で跳んだのは、どんな気持ちからだったんだろう。

この作者は「夢」をテーマにした作品を幾つも書いています。『どんどん長くずんずん深く』『眠りの仔馬』など。最も有名だろう『ダークグリーン』は、つい最近、続編の『ディープグリーン』の最終四巻が発売されたばかりです。




ダークグリーン (1) (MF文庫)
(2001/04)

ダークグリーン (1) (MF文庫)
ディープグリーン(1) MiChao!KC (KCデラックス)
(2008/04/11)

ディープグリーン(1) MiChao!KC (KCデラックス)




『のこされたこころ』
197X年7月4日、林みさこは崖から海に飛んだ。
教育熱心な母の期待に応え、幼い頃から受験勉強に明け暮れてきたが、希望していたK大学の受験に三回も失敗してしまったのだ。
覚悟は決めたはずだった。だが、海の中で呼吸が詰まり死を実感した瞬間。

死…!
(すぐ終わる何もかも)(スグオワル ナニモカモ)(シニタクナイ)(シニタクナイ)(シニタクナイ)(シニタクナイ)(死にたくない)(死にたくない)
死にたくない!


直後、止まっていた呼吸を再開させた みさこは、今までの自分とは違う奇声を発していた。彼女は全く新しい生命――安西道人と名付けられた男の赤ん坊として生を受けたのだった。
身体は全く新しい。けれど心は古いまま。
しばらくの葛藤を経た後、怪しまれ過ぎないように少しずつ、みさことしての知識を見せて行くことに決めた。生後二ヶ月で初めて喃語を喋り、一年で大体話せるようになり、二年で何でも読め、計算もできるように。
三年目には天才児として注目され、新聞やテレビにも出るようになった。みさこが合格できなかったK大学へも、無試験で入学という話さえ出たくらいだ。

天才? フフ…
もう みさこの屈辱は繰り返さない
今なら わずかの力も高く評価される


反面、悪夢にも悩まされるようになっていた。K大へ入学したのに勉強についていけず、正体が みさこだと暴露されてしまうという。

そんなある日、道人の両親がドライブで連れて行ってくれた場所が、なんと、みさこが飛び降りた崖だった。しかも、そこにみさこの母が現れる。
道人の両親にとって、それは意図せぬことだった。だが、みさこの母は違った。彼女はテレビで道人を見て、その仕草の僅かな癖から娘だと見抜き、探し回ってやって来たのだ。
動揺した道人は、みさことしての言葉を漏らしてしまった。もう誤魔化せない。

「自殺した時」
「そうだよ 自殺した時 思っただけなんだ」
「死にたくない 死にたくない
 心をのがすまいとしただけなんだ
 ただそれだけなんだ」


じりじりと退がった背後の柵が壊れ、道人は海に転落した。


前世の記憶を持ったまま生まれ変わったら…というネタで、アイディアとしては平凡かもしれません。が、やけに印象に残った話でした。生まれ変わった主人公が自殺した人間だったからかもしれません。

母の過剰な期待がみさこを死に追いやった。しかし生まれ変わった筈のみさこは、前世の母に期待されていた「K大入学」を(チート的な方法で)目指そうとする。彼女は母親に反発しながらも、その期待に応えたがっています。

一方、みさこの母が「生まれ変わり」に気付いた根拠は、TVに映っていた道人の僅かな仕草の癖だけでした。
娘を死に追いやった母は、一方では、それほどに深い愛情を持っていたのです。けれど、その母の愛は、常に娘を破滅に押し出してしまう。

最終ページは、子供らしい稚拙な字で書かれた、小学一年(四年後)の道人の作文が机の上にひらりと置かれているだけの絵になっています。


『ママに、てんさいのほうがいいかときいたら、おまえがげんきなのが1ばんだといいました。おかあさんは、えらいです。おわり。』


この文章に、物語の全てが集約されている気がします。


作者は、「前世の記憶を保持したままの生まれ変わり」をテーマにした作品を何本か描いています。
例えば、デビュー前に描かれた短編『マーティン!』(漫画評論誌の佐々木淳子特集時に掲載された後、商業単行本に収録)

これは、自身の開発した薬で不老長寿になった老研究者・ジェムナードの前に、若き日の同僚・マーティンの生まれ変わりと名乗る幼い少年が現れる話。かつてジェムナードは、マーティンに長寿薬の開発を激しく批判されて、腹立ちまぎれに作りかけの薬を引っ掛けたことがあったのですが、それが原因で生まれ変わっても前世の記憶が消えなくなったと言うのです。彼は、ジェムがゆっくり老いていく身体で二百年生きている間に、三回も生まれ変わったと言うのでした。
若きマーティンは、気力も体力も衰えたジェムナードを嘲笑い、それでは何のために生きているのか、死ぬのが怖いから生きているだけなんだ、長生きして何の得がある、と言い捨てて、若々しい足取りで駆け去ります。そして老いたジェムナードは、彼を追うこともできないのです。

この作品は『のこされたこころ』の一年前に完成したものですが、記憶を保持した生まれ変わりを肯定しているようです。

なお、単行本『Who!』にももう一本、記憶のある生まれ変わりをテーマにした『メッセージ』という作品が収録されています。
これは、冷凍睡眠で眠りに就いた人間(女性)の魂が未来で別の人間(男性)に生まれ変わっていたのに、過去の自分が冷凍睡眠から目覚め、二人の人間が一つの魂を交代に使う現象が生じて軋轢が起こっていく…という、サスペンス仕立ての話。アイディアが光っています。


『リディアの住む時に・・・』
1978年3月、(恐らく)ヨーロッパ。
17歳のゼブ・ウインタースは、アルバイトでやっと中古車を買い、免許を取るまで待てずに山奥で秘密のドライブを楽しんでいた。
ところが、車の前に突然誰かが飛び出して来て、避けた結果、車は大破してしまう。
人影は喪服を着た同じ年頃の少女で、取り乱した様子で「ジェイが死んでしまった、お葬式だからゼブが来てくれないと困る」と泣くばかり。
仕方なく墓地に連れられて行くと、「リディア・フェイン80歳 ここに眠る」と書かれた墓石の周囲に喪服を着た九人の女性が佇んでいた。どういうわけか彼女たちはゼブの名を知っており、懐かしげに声をかけてくる。彼女たちの顔を見たゼブはぎょっとした。全員が同じ顔をしていたのだ。
…いや。よくよく見れば年齢が違う。八歳くらいの少女から、七十代ほどの女性まで。家族なのだろうが、なんて似ているんだろう。

ゼブの車の前に飛び出した少女は16歳で、名は「ビイ」だと言う。8歳の妹は「エイダ」で、24歳の姉は「シーラ」。その上は「ディン」。彼女たちの本名は全員「リディア・フェイン」で、八歳ずつ年が離れており、アルファベットに因んだ愛称を付けているのだと言う。
なお、彼女たちの左手首にはみんな、同じような傷跡があった。エイダとビイだけには無かったが。

彼女たちは親切で好意的だったが、シーラだけは冷たかった。奇妙なことに、彼女は大雪で道が封鎖されることを知っており、ゼブは一ヶ月後までこの家に滞在する、と冷たく断言した。

この家で過ごすうち、ゼブは明るく素直なビイに惹かれて行く。
ところがビイは、時折 不思議な混乱を見せるようになった。家族全員で食べようとしたケーキが床に落ちてしまった時、ハッとした顔になって、「前にもこんなことがなかった?」と言い出す。ゼブの紅茶に毒が入れられていると予見し、周囲に注目されると「どうしてそんな目で見るの。あの時みんなに見られていたのは私じゃなかったわ!」と叫んだ。
そして、混乱したビィが立ち去った後、他の女性たちは静かに呟いたのだ。

「かわいそうに」「エイダもだけど」「ビイはまだなにも知らない」



気味悪さから一度は逃げだそうとしたゼブだが、自身の謎を探りながら怯えるビイを見て腹をくくり、彼女たちの謎を解き明かそうと決める。ビイによれば地下室は立ち入り禁止だと言う。そこに秘密があるに違いない…。

ビイは一度逃げてしまったが、すぐに鍵を持って戻ってきた。
鍵の掛けられた地下室には壊れた大きな機械があった。怪しむゼブにビイが言った。それは私の父が作ったタイムマシンよと。そしてゼブにナイフを突き付け、言った。「死んでゼブ」「あなたが死ねばタイムパラドックスからぬけだせる」

ゼブは、それがビイと同じ服を着たシーラだと気がついた。しかし彼女は嗤って言った。「残念ながら私はビイよ。ただし八年後のね!」と。

八年前の1970年まで、「リディア・フェイン」の父はここでタイムマシンの開発を行っていた。が、赤ん坊のリディアのいたずらでマシンは爆発。父は死に、リディアは八年という時間の中に閉じ込められたと言うのだ。

「マシンはとんでもない時間のひずみを わたしの中に作ってしまった」「「わたし」という人間を「8年間」という時間の中にとじこめてしまった」
「どうなると思う?」
「わたしにあたえられた時間は一九七〇年から一九七八年のあいだだけ! そのまえにもあとにも わたしは存在できない!」「8年たってその日が来たら8年前にひきもどされる」
「ふつうの人の一生が一本の映画なら わたしの一生は そのフィルムを8年分ずつ切っていっぺんに写したようなもの」
「だから8年たったらもどるの!」「こわれたレコードのように くりかえしくりかえし もどりつづけるの 死ぬまで!」



この家に来た最初の日に参列させられた葬式。あれは「リディア・フェイン」――ビイ、そしてシーラたちの最後の姿だったのだ。

シーラは、大勢の「自分」と一緒に暮らし同じことを繰り返して生きるのは耐えられないと言い、このタイムパラドックスから抜け出すために、これまでに起こらなかった事件を起こさねばならないと言った。つまり、ゼブを殺すと。

が、そこにビイが現れてナイフを奪い、「あたしシーラじゃない」「ちがうとこ みせてやる!」と泣きながら駈け出して行った。
しかし、かつてビイだったシーラには居場所は難なく判る。ビイは、浴槽に切った手首を浸して自殺を図っていた。「リディアたち」の手首にある傷跡は、この時のものだったのだ。

シーラになってから何度も自殺を図ったが無駄だった、と冷めた笑いを浮かべつつビイを介抱しようとしたシーラに、ゼブが言った。そのままにしておけばいい、過去のあなたが死ねばタイムパラドックスから抜け出せる、と。

しかし、どうしてもシーラにはそれが出来ない。咄嗟に「やめて、ビイが死んじゃう!」と叫んだ彼女に、ゼブが言った言葉とは……。


今でもネットを検索すると、優れたSF漫画だと評価する記事を幾つか見出すことができます。アイディアが光っている作品です。

一人の女性の人生が「八年」という枠に閉じ込められて繰り返され、生まれてから死ぬまでの自分たちと暮らしている。どうしてこんな途方もないネタを思いつくことができたのでしょうか。しかも、ちゃんと物語として成立させています。

時間が巻き戻るとしたら、以前の失敗を取り戻したいと考える人が多いだろうと思います。
けれど、リディアはどうやっても「起きること」を変えることができません。ただ繰り返すだけ。それが一生続くことすら、彼女は知っている。なにせ、自分の葬式に参列することになるのです。

生き地獄のような状況でしょうが、(何も知らないエイダとビイは別にして)シーラ以外のリディアは穏やかに暮らしているように見える。



ゼブがシーラに向けた言葉は詭弁ではあるんですが、「リディア・フェイン」にとっては価値観を転換させる救いの言葉だったのでしょう。
八年前に戻って「ディンになった」彼女が、苦しみ荒んでいく「シーラになったビイ」をどんな思いで見ていたのか、八年目にゼブがやって来た時、どんな思いを抱いたのか。色々な想像が溢れます。

自身の秘密を知ってしまった可哀想なビイ。彼女は気を失ったまま「時間が来て」ゼブの前から消えてしまいますが、彼女がその後どんな人生を送ったかを、ゼブも読者も全て知っている。
過酷な運命の中で彼女が人生を全うできたのは、彼女たちにとっては八年ごとに必ず現れる「ゼブ」との時間があったからこそなんでしょうね。


作者は、他にも時間をテーマにした作品を色々描いています。
「同じ一日の繰り返しと、そこからの脱出」をテーマにした名作『霧で始まる日』。(これはケータイ配信されていて、今でもすぐに読めるみたいです。)
取り返しのつかない罪を犯してしまった娘を、母が時間を戻して救ってくれる『母はやさしくほほえんで』。(単行本『Who!』収録)
『青い竜の谷』も時間移動を扱っていたと思うんですが、これは殆ど読んでないので覚えてません…。
そして、意識だけがランダムに過去や未来に移動する読み切り中編『SHORT TWIST』。

『SHORT TWIST』は、意識のみのタイムスリップと言うアイディアが独特で面白い漫画です。ところが、数年後に賞を取って映画化もされた某ライトノベルが、同じアイディアを使っておりました。小説の作者は、沢山の小説や漫画の名を「影響を受けた」と挙げていましたが、その中に『SHORT TWIST』はなかったのです。

別記事に話を続けて、「ネタかぶり」をテーマに、この件について少し語ってみたいと思っています。
宜しければお付き合いくださいませ。


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 漫画の感想【SHORT TWIST】佐々木淳子
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『赤い壁』
主人公は、(多分)高校生の少女、ちさと。

ちさとは よく夢で恐竜公園に行く。そこを出ると大きな商店街に出て、その先は店のまばらな道になる。
ある日、この先には何があるのだろうと思い立った彼女は、現れた13歳くらいの少年の警告を無視して進んで行った。
道のどん詰まりには、どこまでも続く赤い壁(塀)があった。高くてその向こうは見えない。さあ、この先には一体何があるのだろう。彼女は壁をよじ登って乗り越えた。

ところが、そこは近所の街。親友の育代と出会い、私の想像力もここまでか、とガッカリしたちさとだったが…。
目覚ましの音で目覚めて驚いた。ちさとは、育代の意識の中に入り込んでいたのだ。と言っても、育代に意思を伝えることもできない。ただ、育代の行動を彼女の視界で見ているだけ。

少年が警告していた通り、あの赤い壁は夢の境界線だったのだ。壁を越えたため、自分は育代の夢の中に入り込んでしまったに違いない。早く戻らなければ、自分の肉体は眠ったままになってしまう。
育代が学校で居眠りして夢を見はじめたので、急いで駆け戻って赤い壁を越えた。
ところが。そこはちさとの夢ではなかった…! 同じ場所から入ったのに。

幾つかの夢をさまよった後、例の少年が現れて、知っていることを教えてくれた。
親しい人間の夢は隣り合わせになりやすいこと。
人が死ぬとその夢も消えてしまうこと。
彼自身も、かつて好奇心から赤い壁を乗り越えて自分の夢に帰れなくなった迷子で、もう五年も眠ったままでいること。(だから本当は ちさとより年上である。)おかげで、色々な記憶が曖昧になりつつあること……。

二人は幾つもの赤い壁を超えるが、自分の夢に帰りつけず、目覚めるのはいつも他人の中。

そんなある時、奇妙な塔に二人は吸い寄せられる。そこには汽車が停まっていて、乗れば新天地へ連れて行くと言う。ちさとはフラフラと乗ってしまうが、少年は強く止めた。ちさとには汽車に見えたそれは、竜だったのだ。人間の夢と別の生物の夢の間を行き来する使者なのだと言う。

天高く舞い上がった竜から、少年は投げ落とされる。だが死にはしない、自分の夢が受け止めてくれるだろうさと車掌が言ったのを聞いて、ちさとも一か八か飛び降りた。

落ちながら下を見ると 広い広い人間の夢の世界全体が見渡せた
……その世界は全体でひとつの大きな……




人類全体の精神は奥底で繋がっている……こうした考え方は古くから世界各地にあり、心理学者ユングが唱えた「集合的無意識(普遍的無意識)」、仏教の「阿頼耶識[あらやしき]」などが知られています。

赤い壁で区切られた「個の領域」。しかしそれを俯瞰すると全体で一つの人間の顔になっているクライマックスの絵は大変象徴的です。
更に面白いのは、それが「眠っている」こと。
いつか「目覚める」時が来たら、その時何が起こるのか…? と想像力を刺激させられます。

類似の思想は、作者の代表作の一つ『ブレーメン5[ファイブ]』にも表れており、未来の地球で人類が「目覚めて」、全体で一つの意識を持つようになったと語られています。ただし、主人公たちはそうなることを拒み、地球を捨てて宇宙に新天地を求めて旅立つのですが。

この漫画、ちさとたちのさまよう夢世界自体の描写も面白かった。
不条理で、だからこそ愉快で少し怖い。
死ぬ直前の人の夢に入った時、不気味な廃墟にネグリジェを着た長い髪の女の人がポーン、ポーンと何度も高く跳ねて、フッと空に溶けて消え、途端に全ての景色が歪んで崩れて行き、最後は赤い壁で囲まれた内部が かぽっと抜け落ちて何もなくなるのは、怖くて悲しくて印象深かったです。この人はネグリジェを着て死んだのだろうか…病気だったのかな等と想像したものでした。最期に夢の中で跳んだのは、どんな気持ちからだったんだろう。

この作者は「夢」をテーマにした作品を幾つも書いています。『どんどん長くずんずん深く』『眠りの仔馬』など。最も有名だろう『ダークグリーン』は、つい最近、続編の『ディープグリーン』の最終四巻が発売されたばかりです。




ダークグリーン (1) (MF文庫)
(2001/04)

ダークグリーン (1) (MF文庫)
ディープグリーン(1) MiChao!KC (KCデラックス)
(2008/04/11)

ディープグリーン(1) MiChao!KC (KCデラックス)




『のこされたこころ』
197X年7月4日、林みさこは崖から海に飛んだ。
教育熱心な母の期待に応え、幼い頃から受験勉強に明け暮れてきたが、希望していたK大学の受験に三回も失敗してしまったのだ。
覚悟は決めたはずだった。だが、海の中で呼吸が詰まり死を実感した瞬間。

死…!
(すぐ終わる何もかも)(スグオワル ナニモカモ)(シニタクナイ)(シニタクナイ)(シニタクナイ)(シニタクナイ)(死にたくない)(死にたくない)
死にたくない!


直後、止まっていた呼吸を再開させた みさこは、今までの自分とは違う奇声を発していた。彼女は全く新しい生命――安西道人と名付けられた男の赤ん坊として生を受けたのだった。
身体は全く新しい。けれど心は古いまま。
しばらくの葛藤を経た後、怪しまれ過ぎないように少しずつ、みさことしての知識を見せて行くことに決めた。生後二ヶ月で初めて喃語を喋り、一年で大体話せるようになり、二年で何でも読め、計算もできるように。
三年目には天才児として注目され、新聞やテレビにも出るようになった。みさこが合格できなかったK大学へも、無試験で入学という話さえ出たくらいだ。

天才? フフ…
もう みさこの屈辱は繰り返さない
今なら わずかの力も高く評価される


反面、悪夢にも悩まされるようになっていた。K大へ入学したのに勉強についていけず、正体が みさこだと暴露されてしまうという。

そんなある日、道人の両親がドライブで連れて行ってくれた場所が、なんと、みさこが飛び降りた崖だった。しかも、そこにみさこの母が現れる。
道人の両親にとって、それは意図せぬことだった。だが、みさこの母は違った。彼女はテレビで道人を見て、その仕草の僅かな癖から娘だと見抜き、探し回ってやって来たのだ。
動揺した道人は、みさことしての言葉を漏らしてしまった。もう誤魔化せない。

「自殺した時」
「そうだよ 自殺した時 思っただけなんだ」
「死にたくない 死にたくない
 心をのがすまいとしただけなんだ
 ただそれだけなんだ」


じりじりと退がった背後の柵が壊れ、道人は海に転落した。


前世の記憶を持ったまま生まれ変わったら…というネタで、アイディアとしては平凡かもしれません。が、やけに印象に残った話でした。生まれ変わった主人公が自殺した人間だったからかもしれません。

母の過剰な期待がみさこを死に追いやった。しかし生まれ変わった筈のみさこは、前世の母に期待されていた「K大入学」を(チート的な方法で)目指そうとする。彼女は母親に反発しながらも、その期待に応えたがっています。

一方、みさこの母が「生まれ変わり」に気付いた根拠は、TVに映っていた道人の僅かな仕草の癖だけでした。
娘を死に追いやった母は、一方では、それほどに深い愛情を持っていたのです。けれど、その母の愛は、常に娘を破滅に押し出してしまう。

最終ページは、子供らしい稚拙な字で書かれた、小学一年(四年後)の道人の作文が机の上にひらりと置かれているだけの絵になっています。


『ママに、てんさいのほうがいいかときいたら、おまえがげんきなのが1ばんだといいました。おかあさんは、えらいです。おわり。』


この文章に、物語の全てが集約されている気がします。


作者は、「前世の記憶を保持したままの生まれ変わり」をテーマにした作品を何本か描いています。
例えば、デビュー前に描かれた短編『マーティン!』(漫画評論誌の佐々木淳子特集時に掲載された後、商業単行本に収録)

これは、自身の開発した薬で不老長寿になった老研究者・ジェムナードの前に、若き日の同僚・マーティンの生まれ変わりと名乗る幼い少年が現れる話。かつてジェムナードは、マーティンに長寿薬の開発を激しく批判されて、腹立ちまぎれに作りかけの薬を引っ掛けたことがあったのですが、それが原因で生まれ変わっても前世の記憶が消えなくなったと言うのです。彼は、ジェムがゆっくり老いていく身体で二百年生きている間に、三回も生まれ変わったと言うのでした。
若きマーティンは、気力も体力も衰えたジェムナードを嘲笑い、それでは何のために生きているのか、死ぬのが怖いから生きているだけなんだ、長生きして何の得がある、と言い捨てて、若々しい足取りで駆け去ります。そして老いたジェムナードは、彼を追うこともできないのです。

この作品は『のこされたこころ』の一年前に完成したものですが、記憶を保持した生まれ変わりを肯定しているようです。

なお、単行本『Who!』にももう一本、記憶のある生まれ変わりをテーマにした『メッセージ』という作品が収録されています。
これは、冷凍睡眠で眠りに就いた人間(女性)の魂が未来で別の人間(男性)に生まれ変わっていたのに、過去の自分が冷凍睡眠から目覚め、二人の人間が一つの魂を交代に使う現象が生じて軋轢が起こっていく…という、サスペンス仕立ての話。アイディアが光っています。


『リディアの住む時に・・・』
1978年3月、(恐らく)ヨーロッパ。
17歳のゼブ・ウインタースは、アルバイトでやっと中古車を買い、免許を取るまで待てずに山奥で秘密のドライブを楽しんでいた。
ところが、車の前に突然誰かが飛び出して来て、避けた結果、車は大破してしまう。
人影は喪服を着た同じ年頃の少女で、取り乱した様子で「ジェイが死んでしまった、お葬式だからゼブが来てくれないと困る」と泣くばかり。
仕方なく墓地に連れられて行くと、「リディア・フェイン80歳 ここに眠る」と書かれた墓石の周囲に喪服を着た九人の女性が佇んでいた。どういうわけか彼女たちはゼブの名を知っており、懐かしげに声をかけてくる。彼女たちの顔を見たゼブはぎょっとした。全員が同じ顔をしていたのだ。
…いや。よくよく見れば年齢が違う。八歳くらいの少女から、七十代ほどの女性まで。家族なのだろうが、なんて似ているんだろう。

ゼブの車の前に飛び出した少女は16歳で、名は「ビイ」だと言う。8歳の妹は「エイダ」で、24歳の姉は「シーラ」。その上は「ディン」。彼女たちの本名は全員「リディア・フェイン」で、八歳ずつ年が離れており、アルファベットに因んだ愛称を付けているのだと言う。
なお、彼女たちの左手首にはみんな、同じような傷跡があった。エイダとビイだけには無かったが。

彼女たちは親切で好意的だったが、シーラだけは冷たかった。奇妙なことに、彼女は大雪で道が封鎖されることを知っており、ゼブは一ヶ月後までこの家に滞在する、と冷たく断言した。

この家で過ごすうち、ゼブは明るく素直なビイに惹かれて行く。
ところがビイは、時折 不思議な混乱を見せるようになった。家族全員で食べようとしたケーキが床に落ちてしまった時、ハッとした顔になって、「前にもこんなことがなかった?」と言い出す。ゼブの紅茶に毒が入れられていると予見し、周囲に注目されると「どうしてそんな目で見るの。あの時みんなに見られていたのは私じゃなかったわ!」と叫んだ。
そして、混乱したビィが立ち去った後、他の女性たちは静かに呟いたのだ。

「かわいそうに」「エイダもだけど」「ビイはまだなにも知らない」



気味悪さから一度は逃げだそうとしたゼブだが、自身の謎を探りながら怯えるビイを見て腹をくくり、彼女たちの謎を解き明かそうと決める。ビイによれば地下室は立ち入り禁止だと言う。そこに秘密があるに違いない…。

ビイは一度逃げてしまったが、すぐに鍵を持って戻ってきた。
鍵の掛けられた地下室には壊れた大きな機械があった。怪しむゼブにビイが言った。それは私の父が作ったタイムマシンよと。そしてゼブにナイフを突き付け、言った。「死んでゼブ」「あなたが死ねばタイムパラドックスからぬけだせる」

ゼブは、それがビイと同じ服を着たシーラだと気がついた。しかし彼女は嗤って言った。「残念ながら私はビイよ。ただし八年後のね!」と。

八年前の1970年まで、「リディア・フェイン」の父はここでタイムマシンの開発を行っていた。が、赤ん坊のリディアのいたずらでマシンは爆発。父は死に、リディアは八年という時間の中に閉じ込められたと言うのだ。

「マシンはとんでもない時間のひずみを わたしの中に作ってしまった」「「わたし」という人間を「8年間」という時間の中にとじこめてしまった」
「どうなると思う?」
「わたしにあたえられた時間は一九七〇年から一九七八年のあいだだけ! そのまえにもあとにも わたしは存在できない!」「8年たってその日が来たら8年前にひきもどされる」
「ふつうの人の一生が一本の映画なら わたしの一生は そのフィルムを8年分ずつ切っていっぺんに写したようなもの」
「だから8年たったらもどるの!」「こわれたレコードのように くりかえしくりかえし もどりつづけるの 死ぬまで!」



この家に来た最初の日に参列させられた葬式。あれは「リディア・フェイン」――ビイ、そしてシーラたちの最後の姿だったのだ。

シーラは、大勢の「自分」と一緒に暮らし同じことを繰り返して生きるのは耐えられないと言い、このタイムパラドックスから抜け出すために、これまでに起こらなかった事件を起こさねばならないと言った。つまり、ゼブを殺すと。

が、そこにビイが現れてナイフを奪い、「あたしシーラじゃない」「ちがうとこ みせてやる!」と泣きながら駈け出して行った。
しかし、かつてビイだったシーラには居場所は難なく判る。ビイは、浴槽に切った手首を浸して自殺を図っていた。「リディアたち」の手首にある傷跡は、この時のものだったのだ。

シーラになってから何度も自殺を図ったが無駄だった、と冷めた笑いを浮かべつつビイを介抱しようとしたシーラに、ゼブが言った。そのままにしておけばいい、過去のあなたが死ねばタイムパラドックスから抜け出せる、と。

しかし、どうしてもシーラにはそれが出来ない。咄嗟に「やめて、ビイが死んじゃう!」と叫んだ彼女に、ゼブが言った言葉とは……。


今でもネットを検索すると、優れたSF漫画だと評価する記事を幾つか見出すことができます。アイディアが光っている作品です。

一人の女性の人生が「八年」という枠に閉じ込められて繰り返され、生まれてから死ぬまでの自分たちと暮らしている。どうしてこんな途方もないネタを思いつくことができたのでしょうか。しかも、ちゃんと物語として成立させています。

時間が巻き戻るとしたら、以前の失敗を取り戻したいと考える人が多いだろうと思います。
けれど、リディアはどうやっても「起きること」を変えることができません。ただ繰り返すだけ。それが一生続くことすら、彼女は知っている。なにせ、自分の葬式に参列することになるのです。

生き地獄のような状況でしょうが、(何も知らないエイダとビイは別にして)シーラ以外のリディアは穏やかに暮らしているように見える。



ゼブがシーラに向けた言葉は詭弁ではあるんですが、「リディア・フェイン」にとっては価値観を転換させる救いの言葉だったのでしょう。
八年前に戻って「ディンになった」彼女が、苦しみ荒んでいく「シーラになったビイ」をどんな思いで見ていたのか、八年目にゼブがやって来た時、どんな思いを抱いたのか。色々な想像が溢れます。

自身の秘密を知ってしまった可哀想なビイ。彼女は気を失ったまま「時間が来て」ゼブの前から消えてしまいますが、彼女がその後どんな人生を送ったかを、ゼブも読者も全て知っている。
過酷な運命の中で彼女が人生を全うできたのは、彼女たちにとっては八年ごとに必ず現れる「ゼブ」との時間があったからこそなんでしょうね。


作者は、他にも時間をテーマにした作品を色々描いています。
「同じ一日の繰り返しと、そこからの脱出」をテーマにした名作『霧で始まる日』。(これはケータイ配信されていて、今でもすぐに読めるみたいです。)
取り返しのつかない罪を犯してしまった娘を、母が時間を戻して救ってくれる『母はやさしくほほえんで』。(単行本『Who!』収録)
『青い竜の谷』も時間移動を扱っていたと思うんですが、これは殆ど読んでないので覚えてません…。
そして、意識だけがランダムに過去や未来に移動する読み切り中編『SHORT TWIST』。

『SHORT TWIST』は、意識のみのタイムスリップと言うアイディアが独特で面白い漫画です。ところが、数年後に賞を取って映画化もされた某ライトノベルが、同じアイディアを使っておりました。小説の作者は、沢山の小説や漫画の名を「影響を受けた」と挙げていましたが、その中に『SHORT TWIST』はなかったのです。

別記事に話を続けて、「ネタかぶり」をテーマに、この件について少し語ってみたいと思っています。
宜しければお付き合いくださいませ。


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【2010/04/22 00:26】 | すわさき・感想
【タグ】 漫画の感想  
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