「はてなどう」「ナラカ」「円環伝承」共用。書き手は ちゃすかとすわさきの二人。
乙嫁語り 1巻 (BEAM COMIX)乙嫁語り 1巻 (BEAM COMIX)
(2009/10/15)
森 薫

商品詳細を見る

アニメ化もされた『エマ』で人気を博した作者の最新作。
エンターブレインのちょっと高級&マニアな雰囲気の隔月漫画誌『FELLOWS!』に連載中。

19世紀、カザ草原に進出したロシアが遊牧民族たちへの行政支配を開始し、定住化を推進し始めた時代。
カスピ海近くの地方都市に住むエイホン家の跡取り息子のもとに、山向こうの遠い村から花嫁がやって来た。
この頃の結婚適齢期は15、6歳。そして花婿のカルルクは12歳。ところが花嫁のアミルは、なんと20歳であった。聞かされていた話と違って驚いたものの、エイホン家の人々はこの年嵩の花嫁を受け入れ、生活を始める。

エイホン家は何代か前に遊牧をやめて定住しているが、遠い親せき筋にあたるアミルの実家、ハルガル家は昔ながらの暮らしを続けており、冬にだけ決まった場所に帰ってくる。遊牧の技は勿論、馬上からの弓射による狩りも消えておらず、アミルも見事な腕を持っていた。
それだけでなく、狩った獲物を捌いての料理、布を裁断して服を作ること、その服に施す伝統的な刺繍に至るまで、アミルの腕前は見事なものだ。

20歳の乙嫁と12歳の婿花。一見してアンバランスな二人だったが、互いに相手を尊重し、年上の妻を敬遠することも、年下の夫を軽んじることもなく、夫婦の絆は日々強められて行く。

しかしアミルの実家には不穏な動きが起き始めていた。有用な土地を持つ氏族に嫁がせていた娘が子を産む前に死んだのだ。しかし土地を諦める気はない。一族に、他に適当な年齢の娘は残っていなかった。年長者たちはアミルを呼び戻して嫁ぎ直させようと目論み、エイホン家に使いを送りだす。


何か不穏な事態が起きそうな前振りはしてあるが、本当の意味で深刻なこと…誰かが殺されるとか、夫婦が心理的に引き離されるとか…にはならない気がした。作者の前作『エマ』がそうだったからだ。世の中に醜く冷たく重いものがあると提示しておきながら、主人公たちを穴の中に吸い込ませることはせず、排水口近くの泡のように、するりと周囲をなぞらせて回避する。

その点で『エマ』の終盤には物足りなさを感じる部分もあったが、それでいいのだとも思う。
ストーリーやキャラクターも魅力的だが、この作家の最大の魅力は、誠実な考証による細やかな民俗描写だと思うからだ。

その時代、その国の人間が、何を考え、何をどんなふうに着て、どんな道具を使い、どう仕事して生活していたか。
『エマ』には、女性が衣服を身につけて行くだけの様子を数ページにわたって黙々と描いた場面が何度かあったが、おかげで、その頃の下着がどんなものだったか、どんな手順で服を着るものだったのかが分かる。

『乙嫁語り』でもその辺は健在だが、視野は女性の下着以上に広がっている。
例えば、第二話。
カルルクの甥っ子、くりくり坊主頭のロステムは、母に申しつけられた家の手伝いを投げ出して、毎日、近所の建築彫刻師の老人のところに遊びに行く。老人は扉や欄間、窓板や肘木に細かい伝統的文様を彫りこんでいる。そして「これは何?」というロステムの質問攻めを受けて、地面の上に小石を五つずつほど平行に二列並べると、その小石の上に煙管[キセル]を柱代わりにポンと立てて見せ、こう説明するのだ。

まずこうやって石を並べるだろ
石の上に柱を立てる
柱の上に肘木を乗っけて………肘木ってのァここに付けんだ
柱のあいだに扉を立てる どっちに開くか間違えねぇようにな
壁には石とかレンガを積む
ついでにあれ(窓板)も一緒に積んでおく ここが窓になる
肘木の上に梁をかけて 2階を作ったら 回廊に手すりをつける 落ちないようにな
あとは根太をまわして床板張って 天井かけたら
そっからさきは嫁さんたちに任しておけばいい 床にじゅうたん敷いて 壁掛けかけて
そうすりゃ一軒出来上がりだ 中庭にはぶどうでも植えるといいな


文字だけでは分かりにくいが、漫画には絵があるので、部品の形も名前もよく判って、この頃のこの地方の家がどんな構造だったか自然に理解できて、本当に素晴らしかった。

要は、ロの字型の二階建てで、家の真ん中に庭があるということらしい。


とは言え、民俗的な細部へのこだわりが最も発揮されているのは、やはり衣服だろう。

アミル達が身につけている民族衣装も、エイホン家とハルガル家では変えてある。エイホン家の女たちとは異なる刺繍がアミルの服にはあり、彼女が夫のためにこしらえた胴着にもある。同じ刺繍は、後に登場する彼女の兄の胴着にもある。もしかしたら、彼の胴着はアミルがこしらえたものなのかもしれない。

これらの模様や、身に付けた無数の銀の装飾品は描線で細かく描き込んであって、しかし煩くなる一歩手前で止めてあり、目に心地よい。これだけ精緻なのにキャラクター自体は変に写実的でなく、あくまで柔らかな漫画のタッチであるのも嬉しい。

作者は、アシスタントを消しゴムかけやトーンワークでしか使わず、模様や背景も全て一人で描いているのだという。

コミックナタリー Power Push - 乙嫁語り / 森薫(コミックナタリー)
 ↑まるで関係ないが、このページのメタタグに挿入された概要文が「アーティストの最新ニュースを文字化けでお届け!」なのだが、なんだこれ(笑)。


個人的には、このまままったりと、この時代、この場所の空気を描いていってほしい。
今のところ飛ばされているカルルクとアミルの結婚式の様子もちゃんと見たいし、エイホン家にはスミスという西欧の学者が実地調査に来て居候しているので、彼にくっついてロシアの街へ行くような話も見てみたい。

また、アミル自身のことも気になる。
美人で健康で働き者で気働きもして、猟も料理も裁縫も刺繍も何でもござれだというのに、どうして彼女は、この時代では嫁ぎ遅れと言われて仕方ない年齢まで独身だったのだろうか。まるでやっつけのように、エイホン家の人々を(恐らく)騙してまで、八つも年下のカルルクに娶[めあわ]せたのだろう。
これから語られることはあるのだろうか。期待したい。




『四川省大涼山イ族創世神話調査記録』(大修館書店)という本があって、ある結婚式の様子のレポートが載っていた。今探したら本が見つからないのでうろおぼえなのだけど。
確か花嫁は15、6歳で花婿が12歳くらい。しかし写真で見た二人は、花嫁の方は まだしも大人の女性に見えるのに、花婿は10歳かそれ以下に見えるほど小さくて、未だあどけない顔をしていた。

#これを思うと、カルルクは大人びた少年なんだなと思う。既にして《いい男》のひな鳥、という感じだ。

『乙嫁語り』の連載第一回を読んだ時、頭に浮かんだのはその写真だった。
イ族は山岳地帯に住む民族なので、中央アジアの遊牧民とは異なるのだけど。

作家は巻末のあとがき漫画で、中央アジアならではのキャラクターにしたかったので、アミルを姉さん女房に設定したと書いているが、中央アジアではこういう年の差結婚が多かったのだろうか?


関連記事
 『乙嫁語り』ブログ記事で面白かったもの
スポンサーサイト

【2009/11/09 00:09】 | すわさき・感想
【タグ】 漫画の感想  
トラックバック(0) |


HOGERA
ダラダラ書けばよいというものではない。
簡潔にまとめろ。

コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
ダラダラ書けばよいというものではない。
簡潔にまとめろ。
2013/01/25(Fri) 16:00 | URL  | HOGERA #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック