「はてなどう」「ナラカ」「円環伝承」共用。書き手は ちゃすかとすわさきの二人。
気がつけばうちのごはんのにおいだった気がつけばうちのごはんのにおいだった
(2009/09)
草野 誼

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ぶんか社の女性漫画誌『本当にあった主婦の体験』に隔月連載中の読み切り連作の単行本第1巻。……1巻と書いてないのだが、まだ連載中なのだから2巻以降も出ると信じたい。

毎回16ページ、サラリとアクの抜けた描線で、お惣菜の一つにちなんだ話が語られている。ただし、《お料理漫画》ではない。派遣切りによるネットカフェ難民、正社員とパートの格差、金属製品泥棒、老人介護、鬱病など、社会問題をも取り入れつつ、概ねハッピーエンドで、しみじみとした感動や元気づけられる明るさをもらえるし、時に痛快などんでん返しに唸らされる。

内容の概略は以下の通り。

ぬか漬けきゅうり
 主人公はネットカフェ住まいの若い女性。二年前に会社から切られてアパートを追い出されて以来、昼は日雇いの仕事をし、夜はネットカフェで寝るという生活。
 そんな彼女には、ずっと大事に持ち歩いている宝物があり……。
 規格外の生活の中でも、受け継がれる家庭の健全性を失わない強さを持っている女性の話。

キンピラゴボウ
 主人公・正太は、少しお調子者の男性。明言されていないが、弟二人と三人で親の工務店か何かに勤めているらしく、若いし(失礼ながら)あまり賢そうではないのに、それぞれ妻帯して一軒家を持っている。
 最近、中国の建設ラッシュで金属資材の値が高騰し、公道の側溝の蓋や公園の滑り台など、金属を盗んで売りさばく犯罪が多発していた。アレを盗んだのは俺の先輩だ、ソレを盗んだのは俺の幼なじみだと三兄弟は浮き足立ち、俺たちも乗り遅れまいと、ある晩、三人で夜の住宅街へ盗みに出た。
 妻たちは何故か反対せず、むしろ弁当を作って持たせてくれた。正太の妻に至っては、あれこれ盗みの指示さえし、地図まで持たせてくれたのだ。三兄弟はまんまと三軒の家の裏の門扉を盗み…。
 翌朝、警察からかかってきた電話を受けた正太の妻は、ひどく落ち着いていた。そして迎える驚愕の結末は!?

茄子の味噌炒め
 したたかな人間は恐ろしい、という話。
 主人公は、痩せぎすで神経質の主婦。妹夫婦に金を貸しているのだが、妹が夫や子供たちと毎日楽しそうに暮らして、まるで返す様子がなく、嫌がらせをしてもヘラヘラし、少しも苦にしていないように見えるのに苛立っている。
 そもそも昔から、この捉えどころのない妹の性格が嫌いだったのだ。
 苛立ちの募った主人公は、畑道にある無人販売所の一袋100円の茄子を1円で取り、妹に与えるようになった。この、いわば盗んだ茄子を食べ続けて汚れればいいと、黒い心で考えたのだ。
 ところが、結末は思いがけない方向に向かう。
 女性同士の精神的な葛藤を描くという点で、レディースコミックらしい話。作者の代表作の一つにして異色作『かんかん橋を渡って』と同系統と言えるだろうか。この本に収められた他の話とは傾向が違っている。

豚のしょうが焼き
 主人公は、工場で働くパートの女性、吉岡。
 その工場には《隠れルール》と呼ばれるものがある。パート社員は社員食堂では麺類しか注文してはならず、生姜焼き定食を食べてはならない。工場の中庭の草むしりをすると早く正社員になれる。いつ、どこから流布したのかも定かではないそのルールは、パートの間では周知の事実扱いだ。
 しかし吉岡は、内心で馬鹿げた話だと思っている。恐らく、不況で給料の下がった正社員の不満をそらすため、正社員とパートの格差を強く見せようと会社の上層部が流した噂で、実際に正社員になれるはずがないと踏んでいた。実際、ここに勤めて三年、なった人を一人も見たことがないのだ。
 すっぱいぶどうにそっぽを向く狐のように、吉岡はパートたちが憧れる豚の生姜焼き定食にも冷たい視線を送り、笑顔で《隠れルール》を徹底する同僚、小西にも、密かに呆れと苛立ちを抱いていた。
 そんなある日、下りた辞令に驚愕した吉岡は、意外な真実を知る…。
 読後感のさわやかな、暖かな話。

ジャガイモの煮転がし
 主人公は、女子高校生の鍋島ユイマ。
 彼女は自分の小遣いをやりくりして、GPSを曾祖母に持たせている。体は元気だが、痴呆気味で徘徊癖があるからだ。授業中でも常に曾祖母の動向を気にかけ、家の外に出ていることに気づくと早退して駆けつける。
 12歳の頃から炭鉱で働いていた曾祖母は、工事で掘られた穴や床下収納庫を見つけると中にもぐりこみ、坑道にいる気になって騒ぐのだ。ユイマはそんな曾祖母を見つけては宥め、背負って家まで連れ帰る。
 ユイマの家は曾祖母、祖父母(祖父はまだ定年前)、両親、そしてユイマの、四世代家族だ。家族は毎日ニコニコと仲睦まじく暮らしているが、曾祖母の奇行にまるで動じない。疑問を感じていたユイマだが、ある事件が起きた日に気づく。動じないのではない、無視しているのだと。大家族なのに、曾祖母の世話をしているのはユイマだけだった。
 ユイマは高校を卒業すると曾祖母を連れて家を出て、工事現場の誘導の仕事をしながら世話を続けた。そんなある日、帰宅したユイマは、いつもはワガママ放題の曾祖母の、思いがけない行動に驚く。
 ラストの曾祖母の表情と言葉には、ただひたすら涙・涙である。

タマネギのかき揚げ
 小学生のかつじは、夕飯のいい匂いの漂う家路を駆け抜けるとき、なんとも物狂おしい気分になる。
 近所の人たちは彼に手料理を食べさせたがる。けれどかつじは「いいよ、いいよ」と断り続ける。
 三年前に父が亡くなって以来、母はすっかりふさぎこんで体に力が入らなくなり、週に一度病院に行く以外は何もできなくなってしまった。だから毎日、かつじが閉店間際のスーパーから売れ残りのおにぎりやパンを買ってくる。だめな母親でごめんねと泣く母に「いいよ、いいよ」と返しながら。
 ある日、父方の叔父が訪ねてきて、久しぶりに彼の家に行った。暖かな手料理を勧めてくれる叔母に「いいよ、いいよ」と言ったものの、腹の虫が大きく鳴いてしまう。
 感極まった叔母は、泣きながらかつじを抱きしめて言った。君のお母さんはどうしてもっと我慢してくれないのかしら、体が悪いわけじゃないのに、と。
 その言葉がかつじの胸をえぐる。それは、かつじ自身が胸の奥で考え続けていることだったからだ。しかし同時に、そんな風に母のことを考えてしまうことへの猛烈な罪悪感が襲ってくる。
 こらえきれない涙を流すかつじに、叔父が言った言葉とは…。
 心の底から安堵できる結末が待っている。

切り干し大根
 主人公は、不況で傾いた小さな工場で働く男、寺本。
 注文がなくなり、工場の機械が稼働する日はなくなった。若いが先輩の上田と、会社の古株で年齢不詳の女性、チョビ子と共に、バブル時代に倉庫に放置されたというカチカチに固まった雑巾を発掘しては洗い干す日々。それでも会社が潰れないのは社長が他事業で儲けているからだろうと思っていたが…。
 隣人愛と、苦境の中での団結を描いた話。

炒りおから
 主人公は女子高生の古畑やよい。
 家が貧しく、ただで貰える豆腐屋のおからは命綱。けれど中学時代にそれを男子にからかわれて《おから女》と呼ばれたことがトラウマであるやよい。
 そんな彼女の前に現れた、同じ高校の定時制に通う長峰モヨエ。彼女もまた《おから女》と男子に呼ばれていた。見た目が軽薄なので、《誰にでも無料で持ち帰られる女》だと中傷されていたのだ。
 ひょんなことからモヨエのイメージチェンジ作戦につきあうことになったやよいだが…。
 自分を変えようとする少女たちの話。

炊き合わせ
 主人公は、ビルの清掃婦をしている主婦、樋口。
 気が強く、仕事は早くて、料理自慢。そう自負する彼女は、同僚にいつも夫の愚痴を聞かせている。夫はドーナツ屋の店員で稼ぎは少なく、気が利かず、だらしなく、ひどくブサイクだ。どんなに言っても生活態度を改めない。もし私がいなかったら生活なんてできない駄目な人間だ。
 そんなある日、アパートに帰ると部屋の中央にカーテンが引かれて二分されており、今日からは生活を分けようと夫にメモを出された。ブサイクと言われ続けること、だらしない人間性を変えよと叱咤され続けることに疲れたと言うのだ。
 案の定、夫の生活スペースは数日でぐちゃぐちゃになり、いい気味だと思っていた。が、いつものように出勤した職場で、彼女は、自分が本当はどんな評価を周囲から得ていたかを知ってしまう…。
 しかし、そこから彼女が取った行動が全てを変える! カタルシスを感じられるハッピーエンド。

ひじき煮
 主人公は、三人の幼い子供を持つ専業主婦。
 九年前に亡くなった母の思い出を、彼女はあまり持たない。病弱で、いつも部屋の中でひっそりしているつまらない母親。そんな印象しかなかった。私はそんな母親にならない。そう考えた彼女は、毎日のように子供たちと転げ回り、全力で遊んでやっていたのだが…。
 自身が親となって娘の言葉を聞くことで、忘れていた子供の頃を思い出し、いつでもそこに在るという親心をも知る話。

この他、単行本書き下ろしとして4ページの「白ごはん」が収録されている。
ちなみに、私のお気に入りは「豚のしょうが焼き」「ジャガイモの煮転がし」「たまねぎのかき揚げ」「炊き合わせ」。



一口に漫画と言っても、想定される読者の性別・年代、それによる区分は様々だ。最も認識されているのが、十代男性向けの《少年漫画》であろうが、最も市場の大きいのは二十代以上男性向けの《青年漫画》だという。

男性向け漫画に比べて、女性向け漫画の勢力は弱いらしい。中でも、二十代以上の女性を対象とした《女性漫画》の弱さは、具体的なデータを持たない購読者側から見ても際立っているように思う。

どのくらい弱いかと言うと、《女性漫画》という区分名すら定まりきっておらず、《レディースコミック》《ヤングレディース》などとも呼ばれ、《レディコミ》としては性描写の過激な女性向け官能漫画と同一視され、《ヤンレディ》としては十代向けの《少女漫画》とひとまとめに片づけられて、区分として認識すらされないことも少なくないほどなのだ。

#なにしろ、出版社や漫画家自身が、少女漫画と女性漫画を区別しない傾向がある。
#『のだめカンタービレ』『ハチミツとクローバー』『ちはやふる』『Real Clothes』などの、単行本が店頭に大量に並び、ドラマ化アニメ化し賞を取るような有名どころはあるけれど、《女性漫画》ではなく《少女漫画》として認識・紹介されがちである。
#実際、これらの多くは主人公の年齢が低めに設定されており、その意味では、より《少女漫画》に近い。……尤も、男性向けでは主人公が十代でも青年誌掲載なら《青年漫画》で、《少年漫画》と紹介されることは、まず無いのだが。


書店の単行本棚に《少年漫画》《少女漫画》《青年漫画》の区分があるのは当たり前だが、《女性漫画》がないのは珍しくない。数少ない《女性漫画》の単行本は《少女漫画》の端っこ、場合によっては《青年漫画》や《ボーイズ・ラヴ》の棚のどこかに紛れ込まされている。

原因として、女性漫画の単行本化が少ないことが挙げられるだろう。
とどのつまりは、売れないので店頭から消えるのだろうが、そもそも書店にあまり並べられず、並んでも目立ちにくいのだから売れるはずもない。悪循環である。

《女性漫画》は雑誌で読み捨てられるのが基本。
だからなのか、単行本化されない代わりに、旧作が雑誌にリピート掲載されることはままある。ビデオソフトの普及していなかった時代のアニメや時代劇の再放送のごとくである。
これはこれで、気軽に旧作が読めてありがたいけれども、雑誌はすぐに店頭から消えてしまうもの。読みたい旧作を随意にまとめ読みできないのが難点だ。

そしてまた、これが《女性漫画》の認知度の低さの最大の原因であるように思う。
ネットが普及し、あちこちで「お勧めの漫画」というトピックが立っているけれども、そこで《女性漫画》が紹介されていることは殆どない。

いつでも入手・参照できる単行本がなければ、面白い漫画・優れた漫画家がいても紹介しようがないからだ。雑誌を根気良くチェックしていれば読める可能性はあるものの、特に男性にはハードルが高いに違いない。

けれど、(知られていない)女性漫画の中にもキラリと光を放つ名作はある。
普段漫画を読まない人にでも広く勧められると思うほどいい出来なのに、単行本も出ていないし殆ど話題にされることがない。
ジャンルに囚われない漫画好きを自認する人間は数多いのに、評価以前に、知られることすらなく消えていくのかと思うと、時々、無性に残念でたまらなくなる。

前置きが長かったが、草野 誼[よしみ]の描く漫画は、私にとってそうした作品の一つなのである。


草野 誼のデビューは1990年。デビュー当初の絵柄は濃く、ねっとりとした女の情愛が扱われることが多くて、いかにも《レディースコミック》といった風情なのだが、やがて絵柄もスッキリと明るくなり、独自の作風が生まれていく。

一つは、料理、裁縫、収納など、日常の細々とした創意工夫…《生活》を通して、主人公の心の機微を描いていくもの。
スタジオジブリの高畑勲・宮崎駿両氏が、かつてTVアニメで『ハイジ』や『赤毛のアン』などの世界名作劇場を手がけていた頃、日常の何気ない暮らしを淡々と描き、その積み重ね上にドラマを描くことを旨としたというが、それに通じるものがある。

上を見上げて「もっと、もっと」と己を高め、強いて違う場所へ行こうとするのではなく、身の周りの小石を拾って、丁寧に丁寧に磨いてピカピカにして並べたり、小さな芽を見つけてそっとじょうろの水を差しかけては花の咲くのを待ちわびるような。地味で当たり前の仕事に心を込めることで豊かさや喜びを見出そうとしている。

そしてもう一つは、失われてしまったもの、あるいは近く失われるだろうものへの、悲しさと愛おしさの入り混じった感傷である。
死にゆく人、死んでしまった人、別れた人、成長して変わっていく子供、失われた時代。
ポルトガル語にサウダーデ Saudade という言葉があり、郷愁、哀しみ、懐かしさなどと和訳されるが、まさにそれがあるように感じられる。

作品の中にしばしば現れる、これら二つの要素が、私は大好きだ。

もう一つ付け加えるなら、シリアス系の作品に付いていることのあるモノローグや導入文が文学的で、小説に近い味わいがあり、それも好きである。


ただ、『気がつけば うちのごはんの においだった』には、「日常を描く」以外の要素は出ていない。ページ数が少ないのでコンパクトに収めて語った感がある。
絵柄も、昔と比べて瞳の処理の仕方がアニメ的になっているので、《女性漫画》初心者にも取っつき易くはあるだろうが、繊細さや文学性は薄らいでいて、個人的には少し残念である。


草野 誼の単行本は今まで五冊出ているが、絶版(または、在庫切れ)になっていないのは、発売されたばかりの『気がつけば うちのごはんの においがした』以外は『かんかん橋をわたって 』(YOU漫画文庫/集英社)しかない。

だが、個人的に『かんかん橋』はこの作者の作品の中では異色だと思っているし、そもそも連載の序盤を収めた一巻のみの尻切れトンボで、残りが単行本化されていない。(その代わり、雑誌で何度か再掲されている。現在も秋田書店の『for Mrs. SPECIAL』でリピート連載中。)

断然お勧めしたいのは『ガレージ・ママ』やソーイング・ブックシリーズ、『名残の薔薇』なのだけれど、新品入手は不可能な状態である。

'99~'01年にセブン新社と秋田書店から雑誌形式で六百ページ前後の「草野誼傑作集」が併せて三冊出ていて、事実上の単行本でもあり(作者のフリートーク等も書き下ろされている)、かつては作者の公式サイトから通販購入できたのだが(私も利用させていただいた)、めでたいのか残念なのか、現在は全て在庫切れになっている。雑誌なので古本入手も より困難であろう。残念だ。


余談だが、草野誼は妻子ある男性だという。
作風から女性だと思い込んでいたので、知った時はとても驚いた。


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【2009/11/03 00:45】 | すわさき・感想
【タグ】 漫画の感想  
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