「はてなどう」「ナラカ」「円環伝承」共用。書き手は ちゃすかとすわさきの二人。
米光さんのブログにて、
池袋コミュニティカレッジ講座「『1Q84』をめぐる読書の冒険」の告知がされている。
その記事中に、
『「そうだ、村上さんに聞いてみよう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける282の大疑問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?』(朝日新聞社)
という本から、“僕が考える「これは読まなくていい」という類の解説・評論”九箇条が引用されていた。村上春樹が自サイトで読者からの質問コメントに返答したログをまとめたものだそうだけど、《重箱の隅つつき》《引用が多い》など、自分自身の書く感想に当てはまる部分が多くて軽く鬱々となった……。

なんてことは置いておいて。
不思議に思ったのは、《難解な専門用語を多用したもの》と並べて《全てを単純明快に説明しているもの》までもが、読む価値のない解説・評論として挙げられている点だった。

なんでだろう? 単純明快に説明できるのはいいことじゃないんだろうか。
そうした文章には不足や不備があるに違いないってことなのか。それとも、読んで面白くないってことだろうか?
元の本には理由が書いてあるのかもしれないけど。



評論家が自論を自身の尺度で展開することを否定気味なこの九箇条を見るうち、クリエイター(批評される側)の人が理想とする評論と、受け手側が望むそれは、必ずしも一致しないんじゃないかな、などと考えた。
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【2009/09/14 20:11】 | すわさき・その他
【タグ】 屁理屈こねこね  
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