「はてなどう」「ナラカ」「円環伝承」共用。書き手は ちゃすかとすわさきの二人。
こんばんは。まずはメールフォームからのコメントへの返信を。

>お知りかもしれませんが、最新作のゼスティリアに子安武人さんが参加されるそうです。
>テイルズオブ20周年ということはジアビス10周年でもありますから、闘技場にジェイドが出てくるかもしれないですよ!


かもですね。
最新のポリゴンで作られた大佐がどんななのかは興味があります。


レス不要でコメントくださった方も、ありがとうございました。

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雑談ー。

『住職系女子』という漫画があります。
講談社の『BE LOVE』連載のホームドラマで、主人公は家業を継いで副住職をしている女性。結構重い内容を扱ってるんですが、主人公の美鶴をはじめ、お寺関係の人々がみな、どこかのんびりしてしなやかさがあって、いい人ばかりで、暗い気持ちにならずに読めます。(しかし、少女漫画なのにLOVE成分は致命的に欠落している 笑)
作者さんご自身がお寺の子だそうです。(お坊さんではないようですが)

住職系女子(5) (BE LOVE KC)住職系女子(5) (BE LOVE KC)
(2014/06/13)
竹内 七生

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んで。その五巻を読んでいたら、主人公の美鶴が「生きることに意味はない」と言う場面があって。
『TOA』脳な私は、条件反射のようにルークを思い出したのでした(笑)。

『テイルズ オブ ジ アビス』

#レプリカ編序盤

ルーク
「理屈じゃわかってるんだ! 俺は俺だって! だけど……俺ってなんだ?
師匠[せんせい]が言ってただろ。『何かの為に生まれなければ生きられないのか?』って。
少なくとも俺はそうだよ。不安なんだ。俺は、なんのために生まれたのかって」

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#レプリカ編中盤

ルーク
「……俺はもしかしたら障気を消す為に生まれたのかな。
だとしたら、俺の価値は障気を消すことでしか、証明されないんじゃないか。
……死にたくない。だけど……死ぬしかない。
それしか俺には……価値がないんだ……。俺にはそれしか意味がないんだ……。
……だけど……嫌だ……。
死にたくない……。死にたくないよ……」

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#レプリカ編結末(最終決戦)

ルーク
「やっとわかったんです。俺は何をしたかったのか。俺はあなたに認めてほしかった。レプリカではなく、一人の人間として」

ヴァン
「そうだ。そしておまえは人間になった」

ルーク
「……でもそれじゃ駄目なんだ。
あなたは言いましたね。『何かのために生まれなければ生きられないのか?』と。
誰かのために生きている訳じゃない。いや、生きることに意味なんてないんだ。
死を予感して、俺は生きたいと思った。そのことを俺は知っている。ただそれだけでよかったんだ。
だから俺にはもう――あなたは必要ない。
俺はここにいる。こうして生きてるんだ。あなたが俺を認めようと認めまいと」


んで、『住職系女子』のワンシーン。↓

画像引用:『住職系女子』竹内七生/講談社
『住職系女子』

理沙子
「信じてた人に裏切られて傷つけられて居場所もなくて」
「また裏切られるかもしれないって一生怯えながら生きていくの」
「なんのために生まれてきたのか分からないね」

[中略]

美鶴
「…なんのために生まれてきたか」
「原始仏典でお釈迦さまはこう言ってる」「「生きることに意味はない」」

理沙子
「……え?」

美鶴
「生きるということは生まれて育って年をとって衰えて寿命で死ぬ」「ただそれだけだよ」
「意味がなければならないと思うから それが見つからないことで苦しくなったり自分を否定してしまう」
「そんなもの最初から在りはしないのに」

理沙子
「……」
「…じゃあ やっぱりこんな意味のない人生 無駄なんじゃない」

美鶴
「意味がないことと無駄は違うよ」
「人はより良く生きるために努力することができる」「動物だって生きるために子孫を残すために必死だ」
「そのときそのとき自分のやるべきことを一生懸命やれば」「少なくとも無駄な人生だったなんて 嘆くこともないんじゃないかって 私は思うよ」


さすが、お坊さんは言うことが違うな!

遥かな昔から、人間は同じようなことを悩んで、同じような結論に辿り着いて、同じ場所を行きつ戻りつしているのだなぁと思えて、何か感じるものがありました。



『TOA』でのルークの結論「生きることに意味なんてない」を、否定的に解釈して受け入れない人って、ゲーム発売当時の感想では結構多く見た気がします。
「あんなに頑張って悩んでのルークの結論は「生きることに意味はない」。これは生きることの放棄だ、ルークは絶望して死を選んだのだ。ああルーク可哀想、彼をちやほやしなかった周りの奴ら死ね」
とか
「生きることに意味がないって、そんな馬鹿な。じゃあ、生きるのが無駄ってことになるじゃん。この結論はおかしい」
みたいな。

『住職系女子』を読んで、仏教関連の「生きる意味」を解説しているページを幾つか見たら、多くが
「生きることに意味がないと言うと、みんな驚いてがっかりする、でも待って、人生を否定しているわけではありません」
って話運びになってて面白かったです。

「生きることに意味はない」と言うと、誰もが不本意そうにする。それは、自分の命に特別な価値を期待しているから。自分が価値あるものだと思いたい。権威づけたいからだと。

キリスト教などでは、人は誰しも神から役目を授かっていると考えます。生まれて生きる意味はある。不本意な人生でも価値はある。それは予め神に与えられたものだと。人は神のため、信仰のために生きる。

あるいは、宗教は関係なく、このために生まれたのだと自分で人生の目的を決める(思い込む)人もいます。

それはそれでいいんでしょうが、うまく果たせなかったり、見つからなかったりすると、人は苦しむことになる。理想と現実のギャップに。
仏教的には、その苦しみから逃れるには、「生まれた意味」という妄想の檻から逃れ、「生きることに意味はない」と認めて、自由になるのがいい、ということのようです。

そんな感じで。
ルークの「生きることに意味なんてない」「誰かの為に生きているわけじゃない」って結論も、別に否定的な意味ではない……ですよね。
と、今さら おさらいした気分になりました。
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【2014/11/02 00:06】 | テイルズ系の話【レス含】
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