「はてなどう」「ナラカ」「円環伝承」共用。書き手は ちゃすかとすわさきの二人。
魔導物語シリーズは、担当した歴代の製作者さんごとに、それぞれ異なる世界観があるものだったらしい。

それを前提に先日、真魔導設定・ポチにゃ魔導設定それぞれの、恐らく異なっていただろうシェゾの未来と結末について、考えていたことをとりとめもなく書かせていただきました。

で。
折角なんで、最初期魔導設定で考えたことも書いてみようかと。

と言っても、大した事じゃないです。
「サタンとシェゾのモデルは小説『闇の公子』に登場する」と、最初期魔導の作者の米光さんが明かされた。

『魔導物語』20周年記念メモ(こどものもうそうblog)
タニス・リー『闇の公子』と渇き(こどものもうそうblog)

闇の公子 (ハヤカワ文庫FT)闇の公子 (ハヤカワ文庫FT)
(2008/09/05)
タニス・リー

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それをとっかかりに、シェゾのモデルと思しき小説キャラを調べて、「どんなキャラクターとしてイメージされていたか」を推測・想像してみよう~、と。そんだけです。

それにしたって、その情報が出てもう二年。
今更過ぎじゃよ。(^_^;)
もしかしたらファンの間では語り尽くされたことなのかもしれませんね。って言うか、きっとそうなんだろうなぁ。

ですが私は今書きたくなったんで今書きます。(超マイペース)
そんなイマサラ~な話題ですけれども、宜しければお付き合いくださいませ。

長いんで、以下折り畳みます。



えーと、まず。
サタンとシェゾのモデルは小説『闇の公子』のキャラ。
では具体的に、どのキャラがモデルなのか? ってところから。

サタンのモデルが闇の公子アズュラーンなのは、かなり判り易いことだと思います。
MSX-2版の『魔導1-2-3』では、取説でサタンを

「黒い大鷲になり世界を飛翔し、闇に呪いの言葉を発する者を見つけ、その運命を弄ぶのが趣味。」


と紹介していて、アズュラーンの設定そのままだからです。
作中では よよよが「サタン様を愛した者は決して幸せになれないんだよ」などと、突然の大アップでのたまってくれますが(唐突過ぎて、プレイしててビビる)、これもアズュラーンのイメージかと思います。

あと、これは関係ないかもしれませんが、『す~ぱ~ぷよぷよ通』(REMIX含む)』の取説には

わたしの名はサタン。この世界とともに誕生し、そして存在しつづける闇の貴公子だ。
ある者はわたしのことを『黒翼の悪魔』とおそれ、そしてある者は『闇の帝王』とたたえる。


と書いてあって、これもアズュラーンぽい。

#もしもこれが「サタンのモデルはアズュラーン」という認識の上で書かれた文章だったのならば、『ぷよ通』の頃まで、その設定が生き残っていたのかも?
#…しかしこの頃には、「サタンは10万とんで25歳」だとかの(デーモン閣下のパロディと思われる)設定もあったわけで…。それとも魔導世界は出来て10万年しか経ってないのでしょうか。


では、シェゾのモデルは誰なのか?
『闇の公子』の中には、それらしい人物は出てきません。

が。
実は『闇の公子』という小説、《平たい地球》というシリーズの一作目でして、文庫五冊分くらい続きがあります。
で、そちらの方にもしかしたらシェゾのモデルじゃないかなぁと思えるキャラが出てくるのですね。

それは、不死の魔術師ジレク。
シリーズ第二巻『死の王』と、四、五巻『熱夢の女王』で活躍します。(現時点で『熱夢~』は絶版)




《平たい地球》シリーズの世界は、大昔の世界想像図そのまま、支えられた平たい板の形をしています。
板の端、世界の果ての先は混沌。
人類を作りだした神々は、人知の及ばぬ異形の姿をし、己の思索にふけって世界と人類への興味を失って久しい。
代わって世界に君臨し、きまぐれの善であれ必然の悪であれ、人間たちに様々な影響を及ぼしているのが妖魔たちです。

妖魔にも力による身分階級があり、最も卑しいとされるドリン級(ドワーフ的なものから獣型まで)、貴族に相当するヴァズドルー級、それに仕えるエシュヴァ級などがあります。
ヴァズドルーとエシュヴァは麗人の姿をしており、基本的に漆黒の髪と瞳。
ただし、ヴァズドルーの中の最高位たる五人の君主…《闇の公子》たちは、それぞれ個性的な髪と瞳の色をしています。

サタンのモデルと思しきアズュラーンは、《闇の公子》の中でも最も早く生まれたとされます。
髪は夜空のように青黒く輝く漆黒、瞳は黒い太陽のような、やはり輝く漆黒。
彼は《夜》そのもののようなキャラクターで、筆舌に語り難い美しさを持ち(夜の美しさを語り尽くせる人がいるでしょうか?)、気に入った者に気前よく贈り物をすることもありますが、機嫌一つで破滅に追いやる残酷さ、執念深さも併せ持っています。《悪》そのものだと言われることも。
彼が昼に現れることはありません。夜である彼は、太陽の下に現れることはできないのです。

そして、《闇の公子》の一人である死の王ウールム。
彼は《死》そのものを擬人化したキャラクターです。
まつ毛を伏せた瞳は常に涙をたたえたごとく濡れ、影のように世界をさ迷い歩く。
その冷たい手は慈悲深く、けれど生きとし生ける者は逃れ得ない。
契約を交わした死者たちが紡ぐ生前のキラキラしい夢で、己が無聊[ぶりょう]を慰める冥王です。

《闇の公子》たちは互いに仲間意識と同族嫌悪を併せ抱いており、アズュラーンとウールムの仲も例外ではありません。
アズュラーンは、ウールムへの一種の嫌がらせとなるゲームを仕掛けました。
知らずにそのコマとされ、運命を翻弄された人間の一人が、不死の魔術師ジレクなのです。

彼は、本の紹介文では「不死身の魔術師」と書かれている事が多いです。
その肉体は決して傷つかず、毒にも水にも火にも飢えにも脅かされず、何があろうと死ぬことがない。…死ぬことができない。それ故に冥府魔道に堕ちた男。

彼は、作中ではこうも呼ばれています。《闇の魔術師ジレク》と。


以下、ジレクの生い立ちです。読みたくない方はこちらをクリックして飛ばしてください。

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ジレクは本来の名をジレムと言い、幾たりもの妃と子を持つ砂漠の王の、息子の一人として生まれました。
砂漠の一族は茶色い髪と瞳を持つのが通例。けれどジレムは宵闇のような漆黒の巻き毛と、天を映した湖のような碧い瞳を持って生まれました。しかも並外れて美しかったのです。
黒い髪と度を超えた美しさは、妖魔アズュラーンの眷族のもの。人々は妖魔の申し子だ、災いの種だと忌避し、一方で美しさを妬みました。

母は、息子はそのうち殺されると恐れ、ジレムが五歳になったある夜、老魔女の守る井戸に秘かに連れ出しました。
その底には永遠に消えぬ大地の火が燃えています。
この獄炎は人の穢[けが]れた部分を焼き捨てる。大人が焼かれれば燃え尽きるだけですが、無垢な子供であれば穢れなき部分が焼け残り、何者にも命奪われぬ不死の体になると言うのです。
ジレムは女たちの手で黒こげに焼かれ、不死の体に焼き直されました。心臓にナイフを突き立てようとも、熱に弾かれ粉々に砕けるのはナイフの方なのです。

母は今更ながらに後悔し、この恐ろしい記憶を「思い出してはならない、言ってはならない」と折に触れて言い聞かせました。(そして実際、幼いジレムはその記憶をほぼ失った。)
期せずして「お前には人に言えぬ秘密がある」と刷り込まれることになったジレムは、心に壁を持つようになり、無口で夢見がちな子供になったのです。

十歳になったある日、初めて兄たちがジレムをライオン狩りに誘いました。
けれどそれは兄弟の和解ではなく、母のかつての恐れの実現でした。兄たちはジレムを岩に縛り付けたのです。ライオンを誘き出すエサになれと。
ライオンは彼を殺すはずでした。ところが、かぶりついても噛み裂けない。爪を振りおろしても引き裂けない。傍目には、舐めて崇めているかのように見えました。
兄たちは恐れ、父王に訴えました。あいつは本当に妖魔の子ですと。
拳でも槍でもジレムを害せぬことを確認した王は、彼を僧院にやってしまい(遥か遠い僧院を選び、高額の寄付を付けたのは、世間体を慮[おもんばか]ってのこと)、彼の母は砂漠に追放したのでした。
(母の亡骸は木に変わりました。そして木陰で休む旅人に囁きかけるのです。「私の息子はどうしているの?」と。けれどそれに答えることのできる旅人はいないのでした。)

母の死も知らぬまま、ジレムは一年の旅を経て僧院の幼年院に入り、同じ年頃の少年たちと学び暮らすことになりました。
(この僧院は虚飾に満ち、僧たちはみな肥え太って豪華な装いをし、それが奨励されていました。)
ここでも彼は苛めの対象でした。
王子のくせにこんな所に来るなんて、父ちゃんに嫌われてんな。母ちゃんが蛇とダンスして生まれたんだ、いや、妖魔に体を売ったって噂だぜ、でも妖魔の王はこいつだけは連れて行かなかった。妖魔もこいつを嫌っているんだ。などと嘲られます。
相変わらず、心を閉ざし石のようにやり過ごす以外の方法を知らぬジレムでしたが、中にたった一人、ジレムを慰め、彼を侮辱した者に平手を振るいさえした少年がいました。

彼はシェルといい、アンズ色に輝く炎の髪と、山猫のような緑の瞳を持っていて、ジレムより一つ年下でした。
二歳の時に僧院の前に捨てられ、以降、ずっとここで育ったと言います。
規律は彼を縛れず、いつも気楽で気まま。踊るように、あるいは猫のように歩く。
大抵の人には「うん」「いや」「かもね」くらいしか口をきかないのに、動物と心を通じ合わせる不思議な力を持っていました。
(一方で、彼は異常に《死》に怯えました。と言っても、僧院の中では動物の死骸くらいしか見ることはありませんでしたが。)

日の光のように華やかで美しい彼でしたが、実は夜が一番好きだと打ち明けました。何故かは分からない、けれどジレムの黒髪を見ていると思い出せそうな気がする。ぼくは思い出したいと。
ジレムも打ち明けました。ぼくにも欠けた記憶がある。でもそれは、恐らく思い出さぬ方が良いものなのだと。

ジレムとシェルは親友になりました。
そして六年の月日が過ぎたのです。

十七歳になったジレムは非常に禁欲的[ストイック]な若者になっていました。
幼い頃に妖魔の子よ災いをなす者よと言われ続けたことがトラウマとなり、絶対に悪しき者にはなるまいと、無意識に己を縛り、快楽から遠ざかろうとする気質になっていたからです。
学んだ薬や魔術の知識を人々のために役立てたい。
怠惰を愛す僧たちに睨まれても頑固にその思いを捨てず、僅かな持ち物さえ貧しい者に分け与えて、持っているのは粗衣三枚。それも自分で洗濯し、サンダルさえ固辞して裸足で歩いていました。
(なお、この宗派の僧は剃髪しないものらしく、ジレムは黒い巻き毛を垂らしています。日に焼けたその姿は彫像のように美しいのでした。)

僧たちは定期的に僧院を出て、村々を巡り布施を要求する旅に出ます。
くじによりジレムとシェルもメンバーに選ばれ、僧院に入ってから初めて、外の世界に出ました。

村々で率先して病人たちの看護と治療に当たったジレムは、人生の光を見出しました。
患者たちはみな、ジレムに感謝と信頼の目を向けます。子供の頃から疎外され続けてきた彼が、今初めて、人に必要とされたのです。
ジレムはシェルに打ち明けました。僧院を出ようと思う。ぼくの成すべきことが見つかった気がするんだ、と。

一方、シェルの様子は奇妙でした。
患者たちに囲まれたジレムを浮かない目で見つめ、「ぼくも病気になりたいな」と呟く。
娼婦に誘われたジレムが動揺したのを見てとって、どこか刺々しくなるのでした。

その夜、眠っていたジレムの前に現れたシェルは、美しい少女の姿をしていました。
僧院で育った六年間、彼は間違いなく男だったのに。
これは夢。だから罪にはならないわ、と囁くシェルに誘われるまま、夢と信じてジレムは彼女を抱いたのです。

翌朝、破滅がジレムを待っていました。
僧や村人たちが彼を責め立てました。ジレムを誘っていた娼婦が昨夜殺された。犯人はお前だ。目撃者がいる。しかも、男たるシェルとも肉体関係を結んだ腐った罪人だと。
昨日までジレムに信頼の目を向けていた患者たちさえ、罵り、唾を吐きました。
シェルはどこにもいません。ジレムは牢に入れられ、処刑されることが決まりました。

処刑前夜、少年の姿のシェルがやってきて、不思議な力で見張りを眠らせ、触れただけで牢の鍵を開けました。ジレムを助けに駆けつけたのです。
けれどジレムの顔に浮かんだのは怒りでした。
お前はぼくの人生をめちゃくちゃにした。汚らわしい奴め、顔も見たくない。……お前だけが悪いわけじゃない、ぼくにだって責任はあるけれど。もう放っといてくれ。どうせぼくは闇の悪魔だかの眷族なんだ。
するとシェルは(ジレムの態度に少し怒りながら)言ったのです。なら喜びなよ、と。人間が海辺の砂なら妖魔は海。この世がパンならアズュラーンはふくらし粉なんだからと。

ジレムは、妖魔を肯定し讃えるシェルの言葉に驚きました。
思えば、シェルは妖魔のような力をふるっている。
ずっと、闇へ続く運命から逃れたかった。たった一人の友達であるシェルは、闇から遠ざけてくれる光のはずでした。けれど、シェルこそが闇への導き手だったというのか。
そうなじると、シェルは涙を浮かべた眼で睨んで立ち去りました。

僧院を抜け出たジレムは、五里霧中の心地でさまよっていきました。闇の王アズュラーンを探して。
自分が妖魔の子だと言うのなら、本当にそのしもべになって、いっそ破滅してしまいたいと思ったのです。

二ヶ月の旅を経て魔境と呼べる荒野に着いた時、少女の姿のシェルと会いました。(実は、彼女はずっとジレムの後をつけてきていたのです。)
やけくそのように罵りはしたものの、ジレムはもう、彼女を拒みませんでした。
性愛の歓びはジレムにとって未だ罪であり恥辱。けれど今の彼には唯一の癒しでもある。
どんなに憎らしかろうと、何一つ残っていない彼に愛を差し出してくれるのはシェルだけなのですから。

シェルは、自分の本当の名はシミュだと明かしました。
呪われた女王が国土を守るため死者と交わって産んだ子です。奇怪な出生ゆえか、自由意思で性別を変える能力を、生まれながらに持っていました。
赤ん坊のシミュは毒殺された母と共に墓に入れられ死ぬはずでしたが、気まぐれに妖魔たちが拾い、二歳まで育てて、これも気まぐれに僧院に捨てました。妖魔の精神構造とは人間と異なり、刹那的でうつろ気なものなのです。
シミュの魔力や特異な感性は、この生い立ちで自然に培[つちか]われたもの。
シミュという名や、いつも身につけている緑石の首飾りは、妖魔の育て親たちに贈られたものなのでした。
シェルとして暮らしていた間、それらの記憶は失われており、性別を変える力も眠っていました。
けれど、ジレムへの恋心の自覚、仲間の僧が誘惑に負けて娼婦と交わる様を見たこと、彼に殺された娼婦の死体を見たこと…。それらが刺激となり、記憶と力を蘇らせたのです。

シミュは、ジレムのためにアズュラーンを呼び続けました。
やがて並みならぬ気配を放つ老魔術師が現れ、ジレムに言いました。
夜の王が人間の奴僕など必要とすると思うのかね。人間どもがお前を過ち導いたのだ。お前は闇の為には造られていない。
そしてジレムが不死になったいきさつを語り、お前は不死になった代わりに生ける者の幸福を失ったのだと告げました。
激しい衝撃を受けて立ち去るジレム。追おうとしたシミュは、老魔術師に引き留められて眠ってしまいます。
彼はアズュラーンその人の変身だったのですが、二人は知る由もありません。

父にも僧たちにも、村人たちにも見捨てられてきた。そのうえ、妖魔までが「要らない」と言う。
まして、死ねない体だなどと。死ぬのは怖い。でも、死ねないのはもっと怖い。
ジレムは断崖から飛び降りましたが、怪我ひとつ負いませんでした。
尖った岩で体を斬っても血の一筋も出ず、毒水を飲んでも何事もない。ついに帯を木の枝に掛けて首をくくりましたが、枝が勝手に折れて下に落ちました。

木の下に転がって激しい雨に打たれるジレムの前に、死の王ウールムが現れました。
私を呼んだようだが、お前に来てやるわけにはいかぬ。何世紀も経た後でなければ。今くれてやれるのはこれだけだ。
ウールムがそう言うのを聞くと、ジレムは死んだように気を失ったのでした。

首に帯を巻いたまま倒れ、死んだように動かないジレムを、シミュは崖の上から見つけました。その傍にウールムがいたのも。
母と共に入れられた墓の中で、ウールムが母を連れ去るのを見た。それがシミュの無意識下の傷となり、死を極度に恐れさせていました。
そして今、最愛の人の死を目の当たりにして取り乱し、ジレムの息を確認することもせずに、その場を逃げ出したのです。

仮死の眠りから目覚めたジレムは、死にも拒絶されたと思い知って絶望しました。
ああ、それでもまだ、ぼくにはシミュがいる。
けれど彼女は現れません。探し回りましたがどこにもいません。
シミュまでもが見捨てて去ったのだ。
ジレムは空虚なまま、さまよっていきました。あてはありません。けれど死ぬこともできないのです。

ボロボロでも未だ僧衣をまとう彼に、救いを求める人々がいました。
病気の子の治療を求める母親、彼を祝福された僧侶と信じて無理に同船させた船乗りたち。
しかしジレムはもう、彼らを救おうとはしませんでした。
むしろ殴りつけ、冷たい言葉を吐きさえしました。彼の心はすっかり擦り切れていたのです。

船は人魚たちに襲われて沈み、ジレムも深海に沈んでいきました。
普通ならここで人生が終わるところ。しかし死ねない彼は、海底の国の一つにたどり着きます。
太古の昔、神が審判の洪水を起こした際に海に逃れた魔術師たちを祖とする、アズュラーンの力すら及ばない強力な魔術の王国です。(人魚や半魚人たちは彼らが作り出した従僕なのでした。)

海の王はジレムを他の海の国のスパイと疑って虜囚にし、王女ハーバイドが彼の身柄を引き取りました。
青緑の髪と白い肌、ジレムと同じ青い瞳を持つ彼女は、高慢で傍若無人ながら子供じみている故の愛らしさもあって(端的に言えばツンデレ)、ジレムは次第に好感を持ちます。
不思議な王国での暮らしに慣れるにつれ、彼は好奇心を大きくしていきました。この国の魔術を我が物にしたい。迷い続けていた彼に目標が生まれたのです。

陸の者に魔法を教えてはならぬというのが海の国の掟。しかしジレムに好意を持ったハーバイドは、王侯が秘法を学ぶ秘密の場所へ連れて行きます。
幾つもの罠と封印を抜けた先、まるで巨大魚の腹のような奥底に、緑青を吹いた等身大の銅像が立っていました。
ジレムがその中に入ると、遥か太古からの世界の記憶、無数の魔術師たちの人生の記録、あらゆる魔術の知識の全て…脳が弾けるか発狂してもおかしくない膨大な情報が、雪崩となって脳に流れ込みました。

数時間を経て像から歩み出た時、彼はあらゆる魔術知識を吸収した恐るべき魔術師に変わっていました。
そして彼の心もまた、冷徹で酷薄なものに変わってしまっていたのです。(一人称も《オレ》に変化。)

魔術で攻撃してきた王を簡単に返り討ちして殺し、恨み嘆くハーバイドを捨て置いて陸へ去りました。
(ハーバイドは後に結婚し、長い月日の後にはジレムに受けた心の傷も薄れて、それなりに幸せに人生を過ごしたそうです。)

この時から彼の名の語尾が魔術師特有のものに変わり、ジレクとなりました。(男性名の末尾の「ク」は魔術師であることを示す。)
古代からのあらゆる魔術の知識を有し、通常の魔術師なら不可能な海の領域の魔法すら操る。世界最高の魔術師の一人。
闇の魔術師ジレクは、こうして生まれたのです。


--------------

さて。
シェゾのモデルがジレクならば、幾つか見るべき事項があると思います。

・闇の魔術師とは、《心が闇に堕ちた魔術師》を指す
・長い時を若い姿のまま生き、不死である
(17、8歳で闇の魔術師となり、数百年後に封印から目覚めて聖者ダタンジャになった時の外見年齢は25歳)
・秘儀を受け、古代からの魔術の知識を継承している

もしこれらが多少なりともシェゾの設定(イメージ)の下敷きにされているとするならば。
シェゾが《闇の魔導師》なのは、《心が闇堕ちしている》というだけの意味で、
古代魔導を操るのは、

A.不老不死のため古代から生きている
B.秘儀によって古代の知識を継承している

のどちらか(特に後者?)、または両方の意味だったということになるんでしょうか。


闇の魔術師ジレクは、すれ違った男たちの顔色をオリーブ色に変えて慌てさせる、通りすがりに井戸の水を血そっくりに変えてみるなどの子供じみたイタズラをする一方で、従僕が必要になるとその辺の人に催眠をかけて連れて行ってしまう(彼らは仕事も家族も忘れ、二度と帰らない)、死ねないことを思い知る為に時おり男たちを殺す(無理やり毒を飲ませ、自分も同じ毒を飲む)など、シャレにならない悪も為しました。

時に、娘を一晩 差し出させることもあります。
最初は渋々とベッドにやって来た娘は、やがて恋の呻きをあげはじめ、朝には引き留めようとする。
しかしジレクは振り向きさえしないので金切り声で罵りだす。
ようやく彼は振り向き、何か呪文を唱える。それ以来、娘は二度と声が出せなくなってしまったそうです。

ジレクが何をしたわけでなくとも、彼に情欲を抱く娘たちも多かった。
恐ろしい人殺しだと知っていても。
ある時、ジレクが街を歩いていると、金持ちの屋敷から青ざめた娘が走り出て来て、彼の足もとに身を投げ出して訴えました。「どうかしもべとしてお連れください!」と。娘は贈り物と称して宝石で身を飾り立てていましたが、ジレクは一顧だにせず通り過ぎようとします。それでも取りすがる娘をようやく見やって「殺せ、と言うのか」と言いました。
「死んでしまいます、あなたの愛がなければ。…でもきっと《死》その人にでもお仕えなのですね。かくも多くの者を死に追いやられるとは」
「死、か。知らずにきつい冗談を言う女だな」
そう呟くジレクの視線を受けると女は取りすがっていた手を放し、そのまま倒れ伏します。ジレクが歩み去った後も動けず、屋敷の中から従者たちが渋々出てきて担ぎ入れるまでそうしていたのでした。

さすらいの果てに住み着いたのは、海辺の断崖に建つ朽ちかけた屋敷。
入口の石段には獣の石像。中には従僕たちに集めさせた豪華な、あるいはいわくある調度が揃っていますが(王墓から盗み出させたアラバスターのランプだとか)、雰囲気はまるで墓場のよう。
鍵はかけられていませんが、盗みに入った者は、何を見たのか気がおかしくなってしまったそうです。

彼が街を歩くと、人々は恐怖で青ざめ、娘たちは恋で青ざめて窓辺に張り付く。
王も恐れて手が出せない。(ジレクの催眠で犬になりきって大恥をかかされたことがあった為)

力も愛欲も知識も容易い。人が望んでやまない不死さえも。
しかしジレクの心は乾ききっていて、相変わらずの死ねない死にたがりでした。
夢の中で誰かが囁くのです。「愛では足りぬ。永生でも足りぬ。魔術も、魔術でも足りぬ」と。


…こんな感じで。
冷酷に悪事をなすけど、ちっとも楽しそうじゃない人。
悪事でもやって自分の心を掻き立たせるなり痛め付けるなりしないと、石みたいに何も感じなくなって永遠の時間を生きられないと恐れている、身勝手な悪党。
それがこの小説における闇の魔術師って事になってます。
善行を試みたこともあったんですが、かえって人が死んでしまい(道端で見かけた子供に、魔術でパッと出したお菓子をあげてたら、毒だと思った母親が子供を抱えて必死に逃げようとして転び、子供の頭が石に当たって割れて死んだ)、もう自分は悪から逃れられないんだと暗澹とした気持ちになってみたり。

で。そんな彼の前に再び死の王ウールムが現れる。
今や《死》に恋い焦がれるジレクです。毎晩の眠りを《夢も見ない仮死の眠り》にしてもらうという条件で、彼のしもべになる契約を結んだのでした。


以下、その後の展開。
読みたくない人はこちらをクリックしてジャンプしてください。

--------------

ウールムはジレクに、《死》の力及ばぬ不死の都シミュラッドを滅ぼすよう命じました。
シミュラッドの王は、今や《光の勇者》と呼ばれるシミュ。
彼はジレク(ジレム)を忘れており、ジレクの内心の憎しみは燃え上がります。(表面上はいつもの仏頂面を崩さず。)

実は、アズュラーンがシミュの中からジレムの記憶を消していたのです。そのため、あれきり彼女はジレムのもとに帰らなかったのでした。
ジレムを忘れたシミュはアズュラーンに恋い焦がれ、彼に導かれるまま、死を根絶した世界を目指して勇者の道を歩んだのでした。
「これなんてエロゲ?」的な冒険(女になったり男になったりしつつ九人の聖巫女の純潔を次々奪って封印解除)を経て生命の水を盗み、飲んで不死者となりました。選んだ人々にそれを飲ませて不死の仲間とし、シミュラッドに住まわせたのです。

シミュラッド建立は、アズュラーンのウールムへのちょっとした嫌がらせになるはずでした。
しかし完成して時を経たシミュラッドは、美しいが停滞した、いわば《死んだ》都市でした。シミュ含め、住民はみんな人形のような目をして漫然と《生きて》いるのです。
アズュラーンはシミュへの興味を失い、「不要になったおもちゃは片付ける」という妖魔特有の考え方のもと、ウールムを介してジレクを派遣させたのでした。

ジレクもシミュも、妖魔のそんな思惑を知る由もありません。
シミュの妻を交えた歪んだ三角関係が勃発。
(セックスレスと停滞した生活に鬱屈していたシミュの妻は、危険な魅力のあるジレクに恋する。シミュは、思いだせないながら寝言でジレムの名を呼び、眠る体は女性に変化している。それを見た妻は、夫は女としての恋敵でもあると感覚的に悟り、衝動的に夜這い決行。何をされても冷然としていたジレクは、ふと「この女はシミュに抱かれているんだな」と思った途端、にわかに情欲が燃え上がり、シミュの妻を抱く。)
妻とジレクの不倫にショックを受けたシミュは、二人に生命の水を奪われるくらいならと、全て飲み干してしまいます。
不死の都を唯一継続させ得た生命の水は失われた。ジレクはウールムを都市の中に呼び込み、人々を魔術で石化させて都市ごと海に沈めました。そうでもしなければ不死者は滅ぼせないからです。

(シミュの妻は天空の精霊の血を引いていたためジレクの魔術にかからず脱出。最終的に、死の王ウールムの巫女にして癒し手(実質上の妻)というポジションに落ち着く。)

シミュだけは海に沈めず、大地の炎の燃える井戸に連れていきました。
無垢な子供なら不死者となり、大人ならば燃え尽きる。一度この火で不死になった者は大人になっても焼かれない。では、生命の水で不死になった大人をこの井戸に入れたらどうなるか。…生きたまま永遠に焼かれ続けることになるのです。
井戸を守る老魔女は、そんな恐ろしいことはやめろと止め、そんなにこの人が憎いのかと問います。ジレクは返しました。
「憎しみではない。これは愛なんだ。憎しみから親切を、愛ゆえに邪悪を行うのが、俺に定められた宿命なんだ」
可能ならいつか俺に復讐しろと優しく言って、ジレクはシミュを井戸に突き落とします。
そして無残な様子を目に焼き付けると、自身も苦しみもだえながら逃げ去りました。

シミュに永遠の苦しみを与えれば自分も永遠に苦しむことになる。解っていながら、あえてそうした。それが彼の歪んでしまった愛であり、生きるよすがでした。

それ以来ジレクは、飲みも食べもせず、己の身をハゲタカにつつかせながら砂漠の岩の隙間に坐しました。
人々は聖者だと思って救いを求めましたが、彼は応えません。
百年を経た時、エシュヴァ級の妖魔たちが現れて、ジレクをひどくからかいました。
やはり無反応にしていたジレクが、妖魔の一人が懐かしい緑石の首飾りをつけているのに気付くと取り乱します。妖魔たちは嘲笑って立ち去りました。ジレクは突っ伏して地を叩き、慟哭します。

シミュは井戸の底で焼かれ続け、九年目に残骸が妖魔たちに引き出されてアズュラーンのもとに運ばれました。
アズュラーンは精巧に作らせた人形にシミュの魂を移し、エシュヴァ級の妖魔として生まれ変わらせたのです。
シミュだった時の記憶などかけらもない。容姿にも面影は全くない。もはやアズュラーンに愛と忠誠を誓う多くの妖魔たちの一人に過ぎませんが。
そして百年後、いかなる思惑か、アズュラーンはジレクのもとにその妖魔をからかいに向かわせたのでした。

シミュはいつもジレクを忘れてしまいますが、ジレクは記憶をとどめ続けます。
シミュだった妖魔は何も感じませんでしたが、ジレクは泣きました。憤りと喜びとで。
シミュはもういない。けれど、もはや苦しんではいない。
ジレクはほんのわずか、救われたのかもしれません。

ジレクはその後も坐し続け、ウールムに貰った仮死の眠りに就きました。年月は彼を岩の中に封印し、数百年が過ぎていきました。

その間、アズュラーンは何をしていたか。
神を崇めアズュラーンを不当に(?)貶めた伝承を行う人間たちに怒り、神々を逆恨みして、神を崇める聖都を滅ぼさんと暗躍していましたが、巫女ドゥニゼルに出会って手が止まります。
月のように青白く輝く白金の髪、日が暮れたばかりの夜空のような青い瞳、妖魔でさえハッとする美しさ。《月の魂》という意味の名を持つ彼女は、あまねく照らす月のような、静謐な胸広さを持っていました。
アズュラーンは静かな恋の《狂気》に落ち、彼女に自分の子を処女懐胎させます。

聖女が神の子を産んだ。最初はそう思って祝福していた人々は、妖魔の子だと知るや憤怒の《狂気》に駆られ、ドゥニゼルを殺しました。
報復に聖都を殲滅しようとしたアズュラーンを、ドゥニゼルの霊が鎮めます。一夜だけの、最初で最後の愛の交わりによって。
激しく哀しい恋は終わりました。…いえ、永遠になったのかもしれません。

二人の間に生まれた娘、アズュリアズ(漆黒の髪と青い瞳)は、乳代わりに妖魔の血を飲んで成長し、生後一ヶ月で二歳児の姿に(この頃に母が死亡)、その後十七日で十七歳の娘になりました。
強い魔力と絶世の美貌を誇る、矜持高き《アズュラーンの娘魔女》です。(女性名の末尾「~アズ」は、女魔術師であることを示す。)

アズュラーンは我が子を自分の作った人形としか思わず、また、ドゥニゼルの面影を見ることを疎んで、隔絶された住処と召使いを与えただけで捨て置きます。
アズュリアズは父の愛を知らずに暮らし、互いをのみ愛して子を顧みなかった両親を憎みました。
(亡霊となった母は父の前に現れて愛を交わしたが、子である自分の前には現れなかった。母は父を喜ばすためだけに自分を産み、父は自分を憎んでいるのだ、と。)

《闇の公子》の一人、惑乱の公子チャズが、彼女を美しい牢獄から盗み出します。
彼は擬人化された《狂気》。かつてのアズュラーンの静かな恋の《狂気》も、ドゥニゼルを殺した群衆の《狂気》も、いわば彼そのもの。彼の暗躍によるもの。
ドゥニゼルの死に怒るアズュラーンの報復を恐れ、身を隠すべく人間の若者オルローの姿を取った彼は、《狂気》の特質のまま、オルローとチャズの間で自我を揺れ動かせていました。(オルローとしての彼は、自分の正体を忘れている。話している間にフワフワ人格が変わる感じ。)

アズュリアズを盗み出すにはアズュラーンの領域を侵さねばならない。
その危険を顧みぬほど、チャズはアズュリアズを愛していました。彼女が母の胎内にいた頃から。
魔力でそれを読みとったアズュリアズは彼に恋します。
父に愛されぬ自分を、これほどに必要としてくれるのだから。
二人は地上に逃れ、一年ほどの間、森の奥の屋敷で睦まじく暮らしました。

しかしアズュラーンは二人を見つけ出します。
捨て置いた娘。とは言え、チャズに出し抜かれるのは許し難い。
チャズは《人間の一生分の時間、ただの狂人として地を這いずり病み老いる》という、アズュラーンの提示した罰を受け入れ、アズュリアズの前から去りました。諦めきれない彼女は追いますが、苦難の果てに探し当てた恋人が本当に狂人でしかないのを見て、悲憤の中に諦めるのでした。

これからどうすればよいのか。迷うアズュリアズの前に、《闇の公子》の一人・宿命の君ケシュメトが現れます。(《運命》の擬人化。以降、アズュリアズの叔父の様に接する。)
ケシュメトに導かれ、アズュリアズは水面に闇の魔術師ジレクの幻を見ました。
この時代では、伝説を通り越しておとぎ話となった人物です。「いかな長寿でも もう死んでいるじゃろう」とアズュリアズが言うと、ケシュメトは言いました。彼の心も精神も知性も死んでいるだろうが、体はまだ生きている。今もどこかに《存在》しているだろうよと。

その夜、アズュリアズは夢を見ました。暗い目をしたジレクが言うのです。
「私とて善行をなしたい気持ちはあったが、悪名をはせることになった。行って悪をなすのだ、私のように。誰が宿命を逃れ得よう」と。
(アズュリアズは自分の宿命を、おとぎ話のジレクのそれと重ね合わせた。)

全てを諦めたアズュリアズは父のもとへ行き、これからは父に従って孝養を尽くしますと誓いました。
彼女は涙を流してはいませんでしたが、アズュラーンは言います。「言葉の一つ一つが涙であったよ」と。

以降、アズュリアズは父の指示のまま、地上に強大な帝国を打ち立てて人間たちを支配しました。
その都の壮麗さ、彼女の美貌を見た人々は熱狂し、自ら手足を切り落とし、あるいは心臓を突いて死に、あるいは愛していたはずの家族を殺して、血と命を捧げました。
しかし女王はそれらにさして関心を払いません。どれほど血を捧げようと月は天空で冷たく輝くだけであるように。一方で敵対者には容赦なく、どこまでも冷酷に遇しました。

アズュリアズの治世は三十年以上続きましたが、十七歳の姿のままでした。
人々は競って血を捧げつつ彼女を女神と崇め、本当の神々のことを忘れていきました。アズュラーンの計画通りに。
(これらは全て、アズュラーンによる神々への嫌がらせ。)

《宿命》と、母ドゥニゼルの霊が、アズュリアズと闇の魔術師ジレクの運命を繋ぎ合わせます。
ジレクの封印されていた岩が切り出され、不思議にも沈まずに川を流れました。魔力で感知したアズュリアズの干渉で、水の中で岩は割れ、裸身のジレクが浮かび上がります。
未だ美々しい青年の姿ではありましたが、かつてのような見る者に情欲を抱かせる輝きは失われています。また、人に恐怖と憎悪を抱かせた邪気もありません。
そして、ジレムだった頃は《人を癒す涼やかな泉》、ジレクだった頃は《凍てつく氷柱》だと言われた青い瞳は、今は硬い石の黒に染まっていました。

彼は、魔術師ジレクであったのは前世のことで今の自分には関係ない、シミュのことも今は何ほどでもないと言い、《望まざるに石より生まれた者》を意味するダタンジャと名乗ります。
彼の心は、長い年月に擦り切れて死んでいました。憎悪も愛も絶望も、もう何も感じないほどに。
お前は父上に仕えたがっていたのだろう、わらわに仕えよと命じるアズュリアズを拒むと、簡素な黒衣をまとってさすらい出ていきます。

さすらうダタンジャは、アズュリアズの支配する荒んだ地を離れ、いつしか美しい自然の中に至ります。
そんなある夜、己の心から現れた三人の影に出会いました。
一人目は男。
お前は未だ世界をひれ伏させ得る強大な力を持っている、なのにそれを振るわず、他者に翻弄されてみじめに生きるのか。今一度ジレクとなり世界を支配せよと誘惑します。
ダタンジャは断り、力を使わずとも他者に翻弄されはしないと返します。力を振るう事が《罪》だから断るのではない、力に溺れていたのは過去であり、今の自分には必要ないのだと。
男は消えました。
二人目は女。
女は衣を脱ぎ捨ててダタンジャと交わります。事が為されると「馬脚を顕したわね、お前の弱さも欲望も見えたわ」と嘲笑いました。
しかしダタンジャは笑い、「あれは《罪》ではない」と返すのでした。
かつて悪を恐れるジレムにとって肉欲は罪であり、その価値観は奥底にあり続けました。だからシミュの愛もうまく受け取れませんでした。彼女を愛し抱きながらも、一方では罪だと思っていたからです。
しかし今の彼は、愛を恐れなくなっていました。
女も消えました。
三人目は、死の王ウールム。…いえ、ウールムの姿をとったダタンジャ自身。
幻のウールムは告げます。魔法もまた朽ちて移ろう。お前の不死の時は終わった。今や、お前は死ねるのだと。
果たして、ダタンジャが石で己の腕を傷つけてみると血が流れました。
ダタンジャは喜び、では最後の誘惑は《死》なのだと悟ります。かつての彼は死にたがってばかりいたのですから。
しかし今、彼は言います。
以前の自分は恐れるあまり善に逃げ、恐れに打ち負かされた後は悪に溺れた。しかし今の自分は恐れない。もはや悪をなすこともない。
長き旅路に教えられた。神々や妖魔、不死のジレクに劣らず、ただの人間もまた永遠。朽ちる体であろうと、命の火は巡り続ける。
もはや、生きることを恐れはしない、と。
全ての影は消えました。心は蘇り、ついに夜明けが訪れたのでした。

ダタンジャは海に沈んだシミュラッドの遺跡を訪ね、今は珊瑚と化した不死人たちの残留思念と邂逅します。
未だ魂を保持していた偏屈な老魔術師を石化から解放しました。(彼はダタンジャの一方的な同行者になった。)

シミュラッドを後にしてからは、立ち寄った村々で人々を救うようになりました。
子供の病を癒し、失せものを見つけ出し、枯れた井戸を復活させ。
それらはジレクが得ていた魔術の力によるものでしたが、ひけらかすことはせず、あくまで淡々と行われました。

やがて、ダタンジャは壊れた魔法船と倒れ伏すアズュリアズを発見しました。(傍には宿命の君ケシュメトが坐し、彼女を守護していた。)
彼女の都は神々の怒りにふれ、天使に滅ぼされたのです。
魔法船で逃れた彼女は、(かつてのジレムのように)海の底の王国で新たな恋を得るも泡と消え、ついには天使に追われて魔法船ごと世界の果ての向こう…混沌に突入したのでした。

妖魔たる彼女は不死。しかし混沌は、ある意味での《死》を与えました。
即ち、肉体は健常な十七歳のままでしたが、精神は七歳ほどに退行し、記憶もほぼ失われていたのです。

心が幼子になった彼女は、漆黒の髪と瞳のダタンジャを見て父と呼び、喜び慕って抱きつこうとしました。
しかし(妖魔を好まぬ)ダタンジャの気配が冷たく剣呑な《ジレク》に変わると、「どうして?」と泣き出します。
ダタンジャは戸惑い、ケシュメトに「違うと言ってやってください」と頼みましたが、自分で言うのだなとにべもありません。「私はアズュラーンではない」と言ってはみたものの、地べたに座り込んだ幼子は泣きながら首を左右に振り、両手を差しのべるばかり。
どうすればいいのか。ダタンジャは石のように固まりました。

その時、雨が降り出しました。雨に打たれて泣きじゃくる娘を見るダタンジャの胸を、様々な情景がよぎっていきました。
お前は死ねないのだと教えられて自殺を図り、しかし死ねずに雨に打たれて転がっていた日のこと。闇の魔術師ジレクが流させた多くの人々の涙…。
ダタンジャはひざまずき、娘を抱き取って慰めました。かつての自分が誰かにそうしてほしかったように。

娘を幼名の《ソーヴェ》と呼んで、仮の父娘は旅を始めました。外見年齢ではせいぜい兄妹にしか見えぬ二人でしたが。
(偏屈な老魔術師も相変わらず付いてきて何かと騒ぎを起こし、《アズュリアズ》を見張る全身金色美形天使も、無言・無表情・常に一定距離空けで付いてきていた。彼は岩の上に立ってはダタンジャが人々を癒す様をじーっと見る。人々は謎の家族だと噂した。)

いつしか、ダタンジャは癒し手・導師として人々に慕われるようになっていました。
大勢の論客が彼の話に耳を傾け、意見を交わします。講義を受けたいと象に乗って遠方から訪れる貴人、病を癒してほしいと震える足で旅してきた貧人もいました。

罪を犯した時、罰するのは神ではない。自分自身であると彼は説きます。
殺された者の魂はいつか生まれ変われる。しかし殺した者の魂は穢れ、生きる限り苦しまねばならない。
では、罪を犯した者はどうすれば生きられるか。
咎人に限らず、生きる苦しみは誰にもある。こだわりや憎しみを捨て、周囲に等しく親しみをもって接すれば、心の平安が得られ顔をあげて生きていくことができる。
人々に「罪なき方」と呼ばれると、彼は返すのです。「私こそ誰よりも罪深き者。我が魂はおぞましい罪の穢れで塗りつぶされている」。しかし、だからこそ今の自分があるのだ、と。

産まれて間をおかず十七歳に成長したアズュリアズには、子供時代がありません。しかし今、《ソーヴェ》は子供時代を満喫し、新鮮な驚きと興味をもって一つ一つ世界を学び直していました。
彼女にとってダタンジャは父であり兄であり、師でありました。
(ダタンジャにとっても、かつて自分に与えられなかった家族の愛、自分が恐れ避けていた「愛を受け取ること」を学ぶ日々だった。)

三年が過ぎ、彼女が記憶を取り戻した頃には。
二人の間には揺るぎない家族のきずなが結ばれていました。
(あのジレクが、娘とふざけて遊び、笑いあった。あのアズュリアズが、父の為に家事をし、歌を唄い、昔話をねだった。二人で火を囲んで田舎料理を食べた。小さな虫たちを同席させて。
外見年齢のつりあった二人の「これから」を、虫たちは口さがなく噂したものだが、二人は互いに欲望を抱くことはなかった。彼らに宿命づけられていたのは愛することであり、恋ではなかったのだ。)

娘の記憶が戻った夜。ダタンジャは夢を見ました。
緑の丘にいて、傍らには少女のシミュがいました。二人は語らい、獣たちと遊び、やがて草に寝転んで愛し合いました。ダタンジャはシミュの炎の髪にキスして言いました。
「存分に私を罰したか? 気が済むまで復讐したか?」
すると彼女は言うのです。
「あなたを罰し、私の為に復讐してくれたのはあなた自身。どちらにせよ、それは馬鹿馬鹿しいだけのこと」と。

かつて闇の魔術師ジレクだった頃、彼は常に安息を得られず(得ることを避けて)、心のうちに囁きを聞き続けていました。「愛では足りぬ」と。
しかし今、朝の光の中で巣立っていく娘を見送り、彼を導師と慕う人々の元へ歩み出て行きながら、ダタンジャは微笑みを浮かべています。そして思うのでした。「愛で全てが事足りた」と。


闇の魔術師ジレクの物語はここで終わり、以降はアズュリアズの旅になります。

《命の火花》を意味する《アトメ》と名を変えた彼女は、彼女を殺すか否か見極め続けていた全身金色天使と和解したり、狂人オルロー(チャズ)の死を看取ったりしつつ、ダタンジャがやっていたように癒し手として旅を続けます。

二十年ほど後、《闇の公子》の立場に戻ったチャズと再び恋仲に。一年ほど楽しく過ごしましたが、ダタンジャと暮らして以降《不死ならぬ人間こそ輪廻転生による永遠の命を持つ、限られた命だからこそ生きることができる》と考えるようになっていた彼女は、自ら不死を捨ててしまいます。普通の人間よりは長寿ですが、緩やかに老いて死ぬ身に。
ドゥニゼルが死によってアズュラーンを裏切ったように、今はそなたがわしを裏切る、と哀しむチャズ。しかしアトメは寿命がある限り変わらずあなたを愛すと穏やかに笑うのでした。

二百年ほど後。
人を癒し導く巫女として絶大な名声を得た彼女は、大蛇の棲む山に建てた小さな神殿に住んでいました。
神殿に祀られているのは《人類》。胎児から老人、男と女、乞食から救世主。ありとあらゆる姿を示し、これは汝がかつて来た道、これから行くかもしれぬ道。全ての人に等しく命の火が燃えていることを忘れるな、と説いています。

死の王ウールム(信者たちは巫女の息子だろうと想像)の訪ねる姿が頻繁に見られるようになったある夜のこと。初めてアズュラーンが訪れます。
老いた娘の姿を見た彼は「ここで殺してやろう」と怒りを見せますが、彼女が穏やかに受け入れる様子に、かつてのドゥニゼルを重ね見て態度が変わります。

これまで、娘はドゥニゼルに産ませはしたがあくまで自分が作ったモノ、神々に対抗し人間を不幸に落とすためアズュラーン自身の分身として作ったものに過ぎない(だからアズュリアズと名付けた)と言ってきた彼が、こう吐露する。
「そなたはドゥニゼルの子。ドゥニゼルそのもの。余のものではない。一度とて余のものではなかったのだ。世界に与える我が呪いとして、余自身たるよう作りはしたが。そなたは余が愛せしドゥニゼル、月と日の両方たりしドゥニゼル。母の娘だ。どうして傷つけられよう」

アズュラーンは泣いてはいませんでした。彼は泣けないからです。
けれど、老母のようにアズュラーンを抱いて、アトメは言いました。かつて自分が父にそう言われたままに。
「お言葉の一つ一つが涙でありましたよ」と。


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《平たい地球》シリーズの最中心キャラと言えばアズュラーンで、メイン主人公はアズュリアズかと思われますが、自分的には、裏主人公は闇の魔術師ジレクだと思っています。

ジレクの面白いところは、《光の勇者シミュ》と対照されたり、《魔女神アズュリアズ》と重ね合わせられながらも、彼自身は徹頭徹尾、《人間》である点です。

かつて、仕えたいと望んだジレムを、アズュラーンはすげなく拒絶しました。
理由の大半は「好みじゃなかった」から。
また、しもべにして普通に破滅させるより、拒絶して絶望させた方が面白い、と考えたからだとも語られています。
…その目論見通り、ジレムは闇の魔術師なんてものに成長してくれちゃったわけですが。

一方で、こうも語られています。
アズュラーンは見抜いていたのだと。ジレムが、自ら破滅へ向かいながらも、その心の中に確かな善性と強い意志を持っている事を。だから(好みじゃないと思い)しもべにしなかった。
実際、一度はどん底の闇へ落ち、長い長い時間をかけながらも、彼は最終的に自ら立ち直っています。

立ち直った彼がアズュラーンの娘を救い、救われた娘がアズュラーンを癒すことになるのですから、間接的ながら、アズュラーンは自分が不幸に落とした相手に救われたということになる。運命流転の妙というものですね。

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#話がそれますが、アルルとルルーは「古代魔導学校(古代魔導スクール)」を目指していて、最初に立ちふさがるシェゾは「古代魔導」を使うわけで。
#場合によっては、古代魔導学校に辿り着いたらシェゾが教師として出てくる、なんてオチもあり得たのでしょうか(笑)。蒸発したり生首になったりしたのはイリュージョンでしたー、なんてね。
#シェゾ先生は、機嫌がいいとダタンジャばりに穏やかだけど、キレるとジレクばりに怖くなったりするんだわ、きっと。(そんな先生いやですね。)
#いくらなんでも教師ってことはないでしょうが、「古代魔導学校」と「古代魔導を操るシェゾ」の間に何らかの関連はあったのかもしれない、なんて妄想してみるのは楽しいです。


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さて。
闇の魔術師ジレクの服は、イメージに違[たが]わぬ漆黒です。
そこに黄金と海色の宝石の豪華な飾り、黄金の指輪、琥珀金とオリハルコンの腕輪などを着けていて、胸には黒い貴石(黒曜石?)で出来たスカラベ。
スカラベというのは、ご存知の通りエジプト産の黒いコガネムシで、フンコロガシのこと。丸めた動物の糞を後ろ足で転がして運ぶ姿が《太陽を運ぶ太陽神》と同一視され、太陽神の化身とみなされて、その形を模したお守りが多く作られました。
スカラベは《再生、復活》(沈んでは昇る太陽のように、死んでもまた蘇ること)を象徴します。不死のジレクがそれを身に着けるのは皮肉ではありますが、ある意味、彼は死と再生を繰り返し続けているので、作者は意図的にこのアクセサリーを身に着けさせてるんですよね。きっと。
ジレクの漆黒の服は、時には「カブトムシの羽根の色」と表現されることがあります。これも多分、「スカラベの色」という意味じゃないでしょうか。…単なる闇の色なのではなく。

そして、一時はジレクの主であった死の王ウールムのこと。
彼は虚無の闇の肌と長い髪を持ちますが、髪の色は仄かに輝く雪の純白、衣も純白。目は燃える燐(青白いという事か?)とされています。
シェゾは闇の魔導師なのに白い服で珍しいとよく言われてきましたが、もしかしてウールムの姿に想を得てデザインされた部分もあるのかも? …いや、これは関係ないかなぁ?

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宿命の君ケシュメトが、ウールムのことを「屍肉の籠を持って地上を歩き回り」と語る場面があります。しかし、ウールムが実際に「屍肉の籠」を持っている場面はありません。

ところが。実は闇の魔術師になったばかりの頃のジレクは、屍肉のカゴを持ち歩いていたんですよね。
海の民を牽制するために、重い真鍮の鳥かごに入れた海の王の死体を持ち続けていて。
はじめのうちは引きずって歩き、そのうち鳥かごに自動走行機能を付けて勝手に付いてくるようにしていました。

「《死を与える存在》は、屍肉の入ったカゴを持ち歩いている」というイメージが、どうも作者にはあるらしい。
これ、多分なにか伝承の元ネタがあるんじゃないかなと思うんですが。
(人食い鬼/山姥/人魚/人さらい…即ち冥界神が、人間、あるいはその魂を、カゴや袋に入れて運び去る、閉じ込めるという伝承は、日本含む世界中にありますし。)
要は、作者のイメージの中でジレクとウールムは同じ元ネタ(死神の一形態?)から派生した、重なる部分のあるキャラクターなんじゃないかと思ったりするのです。

だとすると、ジレクをモデルにしているかもしれない最初期シェゾにも、ちょっぴりは、《死神》のイメージを感じ取ることができるのかもしれません。


以下ちょっと、『魔導物語』とは関係ない、民話伝承面からの考察。
興味のない方は、こちらをクリックして飛ばしてください。

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《平たい地球》シリーズは『千夜一夜物語』をイメージした文体で書かれていて、聖書や神話などの伝承を元ネタにした部分が多くあると、訳者あとがきには書かれています。

(ただ、『熱夢の女王』の訳者あとがきで、屍食鬼の巣食う都シュドムの元ネタが聖書の背徳の都ソドムだと指摘しながら、『千夜一夜物語』にある「シディ・ヌウマンの話」の方を挙げないのは何故なのだろうと思いました。《平たい地球》シリーズが『千夜一夜物語』をイメージしていると誰よりも早く看破した訳者なのに…)

実際、色んな伝承のネタが沢山入っていて、その面でも面白いです。
「元ネタ探しもこのシリーズの楽しみの一つ」なんてレビューに書かれていることも。

例えば、不死をもたらした英雄シミュの物語って、「死神と兵隊」系の民話が元ネタですよね。

火に焼かれて不死になるジレクのエピソードは、大抵の人がギリシア神話のデメテル女神またはテティス女神の物語を思い浮かべるでしょうし、実際、それも採られていると思うんですが、私は日本人なので、それ以上に『今昔物語』のインドの話を思い出しました。「薄拘羅[ハクラ]、善を行って報いを得る語[こと]」ってやつ。

母に鍋釜で焼かれ煮られるが死ぬことがなく、美しく治癒している。
大魚に呑まれるが無事に帰還する。

大魚(竜/狼/怪物)に呑まれて出てくるのは、伝承の英雄譚ではおなじみのモチーフです。
怪物の腹に入って出てくる(女神の胎に入って産み直される~冥界に降りて蘇る)のは英雄・聖者の特権。

薄拘羅は立派な僧になったと語られますが、思えばジレクも最終的には聖者ダタンジャになりました。
ジレクであった頃も、僧時代からのまま裸足で通していましたが、作者の中ではジレクは徹頭徹尾、僧(修行者/求道者)のイメージだったのかも。

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ところで、アズュラーンをサタンのモデルだと思って見ていくと、色々面白く妄想できる部分があります。

たとえば。
「妖魔は人間と同じ方法では子供を作らない」。

妖魔にも肉欲はありますが、あくまで娯楽であって、生殖の意味は持たないそうです。
ちなみに、女性妖魔は子宮を持たない。
妖魔は滅多に仲間を殖やしませんが、必要がある場合、方法は幾つもあるんだそうな。
血を混ぜるとか、人形やら花を変化させるとか。

サタンは強力な後継ぎを産ませるために魔導力の高いアルルを花嫁にしようとしている…というのは、商業二次の角川版小説の独自設定ですけども、最初期魔導のサタン様は実際、どういう意味でアルルを花嫁にしようとしたんでしょうか。「妃となるべき魔導師を探している」とのことでしたけども。魔導師でなければならない理由とは…。やっぱ、後継者問題なんでしょうか?

もしアズュラーンの性格をサタンが多少なりとも引き継いでいたのなら、花嫁とは言ってもごく一時的なものだったのかもしれません。アルルが受け入れていたら、すぐに捨てられたうえ「不要になったおもちゃは片付ける」的に破滅に追いやられていたのかも。
最初期サタンが「死ねぇ!」と叫びながら「大人しく妃になれ」などと同時に言っていたのは、実は彼の妖魔的性質をありのままに示していたのかもしれません。

アズュラーンは妖魔にも人間にも無数の情人がいましたけど、唯一子供まで作ったほど愛したドゥニゼルとは、あっという間に死に別れ…。
(ちょっと、真魔導のリリスとの関係みたいでもありますね。)
そっちの線から考えても、「サタン様を愛した者は幸せになれない」印象です。
少なくとも「結婚して、いつまでも幸せに暮らしました」というオチの可能性は低かったんじゃないでしょうか。


さて。
最初期魔導からは離れちゃうんですけども。
アルルの幼稚園時代を描いたリメイク作の一つ『魔導物語 はなまる大幼稚園児』の没版プロローグに、こんなものがありましたよね。

サタンはかつて、全世界の女性を自分のファンクラブに入れることで世界征服を成そうとしていました。
しかしただ一人、ファンクラブ入会を拒んだ女性がいました。
そのうえ、彼女は幼なじみの男性と結婚してしまった!(そしてアルルが生まれた)
これを深く恨んだサタンは復讐を誓い、アルルの幼稚園の卒園試験が迫る頃、暗躍を始めたのでした…という。

前述したようにこれは没版で、実際に発売されたゲームではサタンはただの優しいおじさんになってますけども。
実は『闇の公子』に、よく似たエピソードがあるんですよ。

ビスネという、非常に美しい人間の娘がいました。
彼女の存在を知ったアズュラーンは、一夜の快楽を求めて誘いますが、拒まれます。
というのも、彼女は妖魔に惑わされぬしっかりした心の持ち主でしたし、なにより、幼なじみの婚約者がいたからです。

二度目も拒まれたアズュラーンは、ついに、彼女の婚約者そっくりの姿で逢いに行き、ベッドに誘いました。
(これはギリシア神話が元ネタですね。)
見た目も声も言動も婚約者そのまま。特に疑わずベッドに入ったビスネでしたが、男の目を見て、直観的に偽物だと気付きます。
三度目も拒まれたアズュラーンは、その場は立ち去ったものの、彼女に深い恨みを抱きました。

ビスネは婚約者とつつがなく結婚しましたが、幸せな初夜が明けた朝、隣に怪物が寝ていたので悲鳴をあげました。
駆けつけた人々が怪物を追いだしましたが、夫はいません。あの怪物に食べられてしまったのだと思い、彼女は悲嘆にくれました…。

実は怪物こそが夫で、アズュラーンが魔法の皮を被せて怪物に変えてしまったのです。
(彼は怪物のまま、誰にも理解されず迫害されて百年を過ごし、死んだ後も憎悪が残って増幅され続け、更に二百年ほど先に世界を覆って人類滅亡の危機にまでなりますが、それはまた別の話。)

…前述の『はなまる』プロローグは、しょせんは没エピソード。
そうは思っていても、なんとなく怖い感じがしてきます。
『はなまる』以降の設定だと、アルルの父親はアルルの五歳以前に行方不明になってるんですよね。
……サタン様。ま・さ・か……(汗)。


ちなみに『闇の公子』のビスネは、初夜で身ごもった夫の子(娘)を産みますが、恨みを忘れぬアズュラーンが魂を斬り裂かせたために、その娘は生まれながらに魂が半分に。見た目は美しいのに、いつもぼーっとして感情がない感じなのでした。
ちょっと、ぷよフィシリーズのシグみたいですね。

この娘は魂が半分しかないって事で「半魂の娘」と呼ばれましたが、それに倣うならシグを「半魂の男」と呼ぶこともできるんでしょうか。

--------------

最後に、『闇の公子』とは関係ないけど、最初期魔導のルルーの話。

彼女って結局、何者だったんでしょうか。

現行の設定では、彼女は「魔力が全く無い」「格闘家」ということになっています。
しかし、米光さんの明かしたところによれば、最初期魔導設定では「魔導師」でした。

#『魔導3』のラスト、ルルーは「サタン様は偉大な魔導師を妃にすると言った、だから私も魔導学校に行くの」と言います。
#後続シリーズではこれを「魔導師ではないルルーが魔導師になるために魔導学校に行こうとした」と解釈したわけですが、実際は既にルルーは魔導師で、「より偉大な」魔導師になるために学校に行くことにした…のが正解だったみたいですね。


彼女はミノタウロスを「召喚」しています。
しかも、魔物の巣食うモケモエの遺跡を「元々私の場所」だと言い、そこに棲む魔物たちは彼女を「この場所を人間たちから守ってくれる女王様」だと慕っていたのです。

魔物たちの女王…。
では、ルルーは魔族なのか?

個人的にはそうは思いません。
キャラクターデザインが魔物的ではありませんし、アルルと対等な存在として描かれていますから。
魔族の女王が人間の通う魔導学校に入ると言うのも、ピンときませんし…。
関連するとしても、せいぜい「人間と魔物のハーフ」とか、その程度?
#モケモエの遺跡を拠点にしていた(住んでいた?)のですから、シェゾ同様、魔的世界にどっぷり浸かった人間なのだとは思います。

ならば、どうしてルルーは魔物たちに女王と慕われていたのか。

迷宮に閉じ込められていたミノタウロスと死闘し(彼の目の傷はルルーが魔導杖で付けた)、その後、彼を迷宮から救いだしたので、ミノタウロスは彼女に心酔して従うようになった…というのが最初期の時点からあった設定だそうですから、他の魔物たちも同様にして従えたのかもしれません。
(サタンを探して?)各地を巡りながら、迫害を受けていた魔物たちを救って、迷いの森~モケモエの遺跡に保護していった? …うーん、それじゃ水戸黄門か(笑)。


なんにせよ、これは結構いわくのある、面白い設定ではないかと思うんですれど、後継スタッフは扱いかねたのか取り上げず、後続シリーズでは消滅してしまいました。
せいぜい、『ルルーの鉄腕繁盛記』の「ルルー様ファンクラブ」に片鱗を残したのみ。

アルルやシェゾには、後続シリーズで次々と いわくありげで壮大な設定が付け足されていったというのに…。

ぷよシリーズでは「女王様」という言葉だけが独り歩きして、『ぷよ!』でとうとうSMの女王様的扱いになる始末。

今後のセガぷよで、この設定が再び取り上げられることはあるんでしょうか?
そうなったら、アルルやシェゾに比べて影が薄くなりつつある昨今のルルー像も、ぐっと変化を見せることになるのかもしれません。

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ここまでお付き合いありがとうございました。
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えーと、まず。
サタンとシェゾのモデルは小説『闇の公子』のキャラ。
では具体的に、どのキャラがモデルなのか? ってところから。

サタンのモデルが闇の公子アズュラーンなのは、かなり判り易いことだと思います。
MSX-2版の『魔導1-2-3』では、取説でサタンを

「黒い大鷲になり世界を飛翔し、闇に呪いの言葉を発する者を見つけ、その運命を弄ぶのが趣味。」


と紹介していて、アズュラーンの設定そのままだからです。
作中では よよよが「サタン様を愛した者は決して幸せになれないんだよ」などと、突然の大アップでのたまってくれますが(唐突過ぎて、プレイしててビビる)、これもアズュラーンのイメージかと思います。

あと、これは関係ないかもしれませんが、『す~ぱ~ぷよぷよ通』(REMIX含む)』の取説には

わたしの名はサタン。この世界とともに誕生し、そして存在しつづける闇の貴公子だ。
ある者はわたしのことを『黒翼の悪魔』とおそれ、そしてある者は『闇の帝王』とたたえる。


と書いてあって、これもアズュラーンぽい。

#もしもこれが「サタンのモデルはアズュラーン」という認識の上で書かれた文章だったのならば、『ぷよ通』の頃まで、その設定が生き残っていたのかも?
#…しかしこの頃には、「サタンは10万とんで25歳」だとかの(デーモン閣下のパロディと思われる)設定もあったわけで…。それとも魔導世界は出来て10万年しか経ってないのでしょうか。


では、シェゾのモデルは誰なのか?
『闇の公子』の中には、それらしい人物は出てきません。

が。
実は『闇の公子』という小説、《平たい地球》というシリーズの一作目でして、文庫五冊分くらい続きがあります。
で、そちらの方にもしかしたらシェゾのモデルじゃないかなぁと思えるキャラが出てくるのですね。

それは、不死の魔術師ジレク。
シリーズ第二巻『死の王』と、四、五巻『熱夢の女王』で活躍します。(現時点で『熱夢~』は絶版)

死の王 (ハヤカワ文庫FT)死の王 (ハヤカワ文庫FT)
(1986/05)
タニス リー

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《平たい地球》シリーズの世界は、大昔の世界想像図そのまま、支えられた平たい板の形をしています。
板の端、世界の果ての先は混沌。
人類を作りだした神々は、人知の及ばぬ異形の姿をし、己の思索にふけって世界と人類への興味を失って久しい。
代わって世界に君臨し、きまぐれの善であれ必然の悪であれ、人間たちに様々な影響を及ぼしているのが妖魔たちです。

妖魔にも力による身分階級があり、最も卑しいとされるドリン級(ドワーフ的なものから獣型まで)、貴族に相当するヴァズドルー級、それに仕えるエシュヴァ級などがあります。
ヴァズドルーとエシュヴァは麗人の姿をしており、基本的に漆黒の髪と瞳。
ただし、ヴァズドルーの中の最高位たる五人の君主…《闇の公子》たちは、それぞれ個性的な髪と瞳の色をしています。

サタンのモデルと思しきアズュラーンは、《闇の公子》の中でも最も早く生まれたとされます。
髪は夜空のように青黒く輝く漆黒、瞳は黒い太陽のような、やはり輝く漆黒。
彼は《夜》そのもののようなキャラクターで、筆舌に語り難い美しさを持ち(夜の美しさを語り尽くせる人がいるでしょうか?)、気に入った者に気前よく贈り物をすることもありますが、機嫌一つで破滅に追いやる残酷さ、執念深さも併せ持っています。《悪》そのものだと言われることも。
彼が昼に現れることはありません。夜である彼は、太陽の下に現れることはできないのです。

そして、《闇の公子》の一人である死の王ウールム。
彼は《死》そのものを擬人化したキャラクターです。
まつ毛を伏せた瞳は常に涙をたたえたごとく濡れ、影のように世界をさ迷い歩く。
その冷たい手は慈悲深く、けれど生きとし生ける者は逃れ得ない。
契約を交わした死者たちが紡ぐ生前のキラキラしい夢で、己が無聊[ぶりょう]を慰める冥王です。

《闇の公子》たちは互いに仲間意識と同族嫌悪を併せ抱いており、アズュラーンとウールムの仲も例外ではありません。
アズュラーンは、ウールムへの一種の嫌がらせとなるゲームを仕掛けました。
知らずにそのコマとされ、運命を翻弄された人間の一人が、不死の魔術師ジレクなのです。

彼は、本の紹介文では「不死身の魔術師」と書かれている事が多いです。
その肉体は決して傷つかず、毒にも水にも火にも飢えにも脅かされず、何があろうと死ぬことがない。…死ぬことができない。それ故に冥府魔道に堕ちた男。

彼は、作中ではこうも呼ばれています。《闇の魔術師ジレク》と。


以下、ジレクの生い立ちです。読みたくない方はこちらをクリックして飛ばしてください。

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ジレクは本来の名をジレムと言い、幾たりもの妃と子を持つ砂漠の王の、息子の一人として生まれました。
砂漠の一族は茶色い髪と瞳を持つのが通例。けれどジレムは宵闇のような漆黒の巻き毛と、天を映した湖のような碧い瞳を持って生まれました。しかも並外れて美しかったのです。
黒い髪と度を超えた美しさは、妖魔アズュラーンの眷族のもの。人々は妖魔の申し子だ、災いの種だと忌避し、一方で美しさを妬みました。

母は、息子はそのうち殺されると恐れ、ジレムが五歳になったある夜、老魔女の守る井戸に秘かに連れ出しました。
その底には永遠に消えぬ大地の火が燃えています。
この獄炎は人の穢[けが]れた部分を焼き捨てる。大人が焼かれれば燃え尽きるだけですが、無垢な子供であれば穢れなき部分が焼け残り、何者にも命奪われぬ不死の体になると言うのです。
ジレムは女たちの手で黒こげに焼かれ、不死の体に焼き直されました。心臓にナイフを突き立てようとも、熱に弾かれ粉々に砕けるのはナイフの方なのです。

母は今更ながらに後悔し、この恐ろしい記憶を「思い出してはならない、言ってはならない」と折に触れて言い聞かせました。(そして実際、幼いジレムはその記憶をほぼ失った。)
期せずして「お前には人に言えぬ秘密がある」と刷り込まれることになったジレムは、心に壁を持つようになり、無口で夢見がちな子供になったのです。

十歳になったある日、初めて兄たちがジレムをライオン狩りに誘いました。
けれどそれは兄弟の和解ではなく、母のかつての恐れの実現でした。兄たちはジレムを岩に縛り付けたのです。ライオンを誘き出すエサになれと。
ライオンは彼を殺すはずでした。ところが、かぶりついても噛み裂けない。爪を振りおろしても引き裂けない。傍目には、舐めて崇めているかのように見えました。
兄たちは恐れ、父王に訴えました。あいつは本当に妖魔の子ですと。
拳でも槍でもジレムを害せぬことを確認した王は、彼を僧院にやってしまい(遥か遠い僧院を選び、高額の寄付を付けたのは、世間体を慮[おもんばか]ってのこと)、彼の母は砂漠に追放したのでした。
(母の亡骸は木に変わりました。そして木陰で休む旅人に囁きかけるのです。「私の息子はどうしているの?」と。けれどそれに答えることのできる旅人はいないのでした。)

母の死も知らぬまま、ジレムは一年の旅を経て僧院の幼年院に入り、同じ年頃の少年たちと学び暮らすことになりました。
(この僧院は虚飾に満ち、僧たちはみな肥え太って豪華な装いをし、それが奨励されていました。)
ここでも彼は苛めの対象でした。
王子のくせにこんな所に来るなんて、父ちゃんに嫌われてんな。母ちゃんが蛇とダンスして生まれたんだ、いや、妖魔に体を売ったって噂だぜ、でも妖魔の王はこいつだけは連れて行かなかった。妖魔もこいつを嫌っているんだ。などと嘲られます。
相変わらず、心を閉ざし石のようにやり過ごす以外の方法を知らぬジレムでしたが、中にたった一人、ジレムを慰め、彼を侮辱した者に平手を振るいさえした少年がいました。

彼はシェルといい、アンズ色に輝く炎の髪と、山猫のような緑の瞳を持っていて、ジレムより一つ年下でした。
二歳の時に僧院の前に捨てられ、以降、ずっとここで育ったと言います。
規律は彼を縛れず、いつも気楽で気まま。踊るように、あるいは猫のように歩く。
大抵の人には「うん」「いや」「かもね」くらいしか口をきかないのに、動物と心を通じ合わせる不思議な力を持っていました。
(一方で、彼は異常に《死》に怯えました。と言っても、僧院の中では動物の死骸くらいしか見ることはありませんでしたが。)

日の光のように華やかで美しい彼でしたが、実は夜が一番好きだと打ち明けました。何故かは分からない、けれどジレムの黒髪を見ていると思い出せそうな気がする。ぼくは思い出したいと。
ジレムも打ち明けました。ぼくにも欠けた記憶がある。でもそれは、恐らく思い出さぬ方が良いものなのだと。

ジレムとシェルは親友になりました。
そして六年の月日が過ぎたのです。

十七歳になったジレムは非常に禁欲的[ストイック]な若者になっていました。
幼い頃に妖魔の子よ災いをなす者よと言われ続けたことがトラウマとなり、絶対に悪しき者にはなるまいと、無意識に己を縛り、快楽から遠ざかろうとする気質になっていたからです。
学んだ薬や魔術の知識を人々のために役立てたい。
怠惰を愛す僧たちに睨まれても頑固にその思いを捨てず、僅かな持ち物さえ貧しい者に分け与えて、持っているのは粗衣三枚。それも自分で洗濯し、サンダルさえ固辞して裸足で歩いていました。
(なお、この宗派の僧は剃髪しないものらしく、ジレムは黒い巻き毛を垂らしています。日に焼けたその姿は彫像のように美しいのでした。)

僧たちは定期的に僧院を出て、村々を巡り布施を要求する旅に出ます。
くじによりジレムとシェルもメンバーに選ばれ、僧院に入ってから初めて、外の世界に出ました。

村々で率先して病人たちの看護と治療に当たったジレムは、人生の光を見出しました。
患者たちはみな、ジレムに感謝と信頼の目を向けます。子供の頃から疎外され続けてきた彼が、今初めて、人に必要とされたのです。
ジレムはシェルに打ち明けました。僧院を出ようと思う。ぼくの成すべきことが見つかった気がするんだ、と。

一方、シェルの様子は奇妙でした。
患者たちに囲まれたジレムを浮かない目で見つめ、「ぼくも病気になりたいな」と呟く。
娼婦に誘われたジレムが動揺したのを見てとって、どこか刺々しくなるのでした。

その夜、眠っていたジレムの前に現れたシェルは、美しい少女の姿をしていました。
僧院で育った六年間、彼は間違いなく男だったのに。
これは夢。だから罪にはならないわ、と囁くシェルに誘われるまま、夢と信じてジレムは彼女を抱いたのです。

翌朝、破滅がジレムを待っていました。
僧や村人たちが彼を責め立てました。ジレムを誘っていた娼婦が昨夜殺された。犯人はお前だ。目撃者がいる。しかも、男たるシェルとも肉体関係を結んだ腐った罪人だと。
昨日までジレムに信頼の目を向けていた患者たちさえ、罵り、唾を吐きました。
シェルはどこにもいません。ジレムは牢に入れられ、処刑されることが決まりました。

処刑前夜、少年の姿のシェルがやってきて、不思議な力で見張りを眠らせ、触れただけで牢の鍵を開けました。ジレムを助けに駆けつけたのです。
けれどジレムの顔に浮かんだのは怒りでした。
お前はぼくの人生をめちゃくちゃにした。汚らわしい奴め、顔も見たくない。……お前だけが悪いわけじゃない、ぼくにだって責任はあるけれど。もう放っといてくれ。どうせぼくは闇の悪魔だかの眷族なんだ。
するとシェルは(ジレムの態度に少し怒りながら)言ったのです。なら喜びなよ、と。人間が海辺の砂なら妖魔は海。この世がパンならアズュラーンはふくらし粉なんだからと。

ジレムは、妖魔を肯定し讃えるシェルの言葉に驚きました。
思えば、シェルは妖魔のような力をふるっている。
ずっと、闇へ続く運命から逃れたかった。たった一人の友達であるシェルは、闇から遠ざけてくれる光のはずでした。けれど、シェルこそが闇への導き手だったというのか。
そうなじると、シェルは涙を浮かべた眼で睨んで立ち去りました。

僧院を抜け出たジレムは、五里霧中の心地でさまよっていきました。闇の王アズュラーンを探して。
自分が妖魔の子だと言うのなら、本当にそのしもべになって、いっそ破滅してしまいたいと思ったのです。

二ヶ月の旅を経て魔境と呼べる荒野に着いた時、少女の姿のシェルと会いました。(実は、彼女はずっとジレムの後をつけてきていたのです。)
やけくそのように罵りはしたものの、ジレムはもう、彼女を拒みませんでした。
性愛の歓びはジレムにとって未だ罪であり恥辱。けれど今の彼には唯一の癒しでもある。
どんなに憎らしかろうと、何一つ残っていない彼に愛を差し出してくれるのはシェルだけなのですから。

シェルは、自分の本当の名はシミュだと明かしました。
呪われた女王が国土を守るため死者と交わって産んだ子です。奇怪な出生ゆえか、自由意思で性別を変える能力を、生まれながらに持っていました。
赤ん坊のシミュは毒殺された母と共に墓に入れられ死ぬはずでしたが、気まぐれに妖魔たちが拾い、二歳まで育てて、これも気まぐれに僧院に捨てました。妖魔の精神構造とは人間と異なり、刹那的でうつろ気なものなのです。
シミュの魔力や特異な感性は、この生い立ちで自然に培[つちか]われたもの。
シミュという名や、いつも身につけている緑石の首飾りは、妖魔の育て親たちに贈られたものなのでした。
シェルとして暮らしていた間、それらの記憶は失われており、性別を変える力も眠っていました。
けれど、ジレムへの恋心の自覚、仲間の僧が誘惑に負けて娼婦と交わる様を見たこと、彼に殺された娼婦の死体を見たこと…。それらが刺激となり、記憶と力を蘇らせたのです。

シミュは、ジレムのためにアズュラーンを呼び続けました。
やがて並みならぬ気配を放つ老魔術師が現れ、ジレムに言いました。
夜の王が人間の奴僕など必要とすると思うのかね。人間どもがお前を過ち導いたのだ。お前は闇の為には造られていない。
そしてジレムが不死になったいきさつを語り、お前は不死になった代わりに生ける者の幸福を失ったのだと告げました。
激しい衝撃を受けて立ち去るジレム。追おうとしたシミュは、老魔術師に引き留められて眠ってしまいます。
彼はアズュラーンその人の変身だったのですが、二人は知る由もありません。

父にも僧たちにも、村人たちにも見捨てられてきた。そのうえ、妖魔までが「要らない」と言う。
まして、死ねない体だなどと。死ぬのは怖い。でも、死ねないのはもっと怖い。
ジレムは断崖から飛び降りましたが、怪我ひとつ負いませんでした。
尖った岩で体を斬っても血の一筋も出ず、毒水を飲んでも何事もない。ついに帯を木の枝に掛けて首をくくりましたが、枝が勝手に折れて下に落ちました。

木の下に転がって激しい雨に打たれるジレムの前に、死の王ウールムが現れました。
私を呼んだようだが、お前に来てやるわけにはいかぬ。何世紀も経た後でなければ。今くれてやれるのはこれだけだ。
ウールムがそう言うのを聞くと、ジレムは死んだように気を失ったのでした。

首に帯を巻いたまま倒れ、死んだように動かないジレムを、シミュは崖の上から見つけました。その傍にウールムがいたのも。
母と共に入れられた墓の中で、ウールムが母を連れ去るのを見た。それがシミュの無意識下の傷となり、死を極度に恐れさせていました。
そして今、最愛の人の死を目の当たりにして取り乱し、ジレムの息を確認することもせずに、その場を逃げ出したのです。

仮死の眠りから目覚めたジレムは、死にも拒絶されたと思い知って絶望しました。
ああ、それでもまだ、ぼくにはシミュがいる。
けれど彼女は現れません。探し回りましたがどこにもいません。
シミュまでもが見捨てて去ったのだ。
ジレムは空虚なまま、さまよっていきました。あてはありません。けれど死ぬこともできないのです。

ボロボロでも未だ僧衣をまとう彼に、救いを求める人々がいました。
病気の子の治療を求める母親、彼を祝福された僧侶と信じて無理に同船させた船乗りたち。
しかしジレムはもう、彼らを救おうとはしませんでした。
むしろ殴りつけ、冷たい言葉を吐きさえしました。彼の心はすっかり擦り切れていたのです。

船は人魚たちに襲われて沈み、ジレムも深海に沈んでいきました。
普通ならここで人生が終わるところ。しかし死ねない彼は、海底の国の一つにたどり着きます。
太古の昔、神が審判の洪水を起こした際に海に逃れた魔術師たちを祖とする、アズュラーンの力すら及ばない強力な魔術の王国です。(人魚や半魚人たちは彼らが作り出した従僕なのでした。)

海の王はジレムを他の海の国のスパイと疑って虜囚にし、王女ハーバイドが彼の身柄を引き取りました。
青緑の髪と白い肌、ジレムと同じ青い瞳を持つ彼女は、高慢で傍若無人ながら子供じみている故の愛らしさもあって(端的に言えばツンデレ)、ジレムは次第に好感を持ちます。
不思議な王国での暮らしに慣れるにつれ、彼は好奇心を大きくしていきました。この国の魔術を我が物にしたい。迷い続けていた彼に目標が生まれたのです。

陸の者に魔法を教えてはならぬというのが海の国の掟。しかしジレムに好意を持ったハーバイドは、王侯が秘法を学ぶ秘密の場所へ連れて行きます。
幾つもの罠と封印を抜けた先、まるで巨大魚の腹のような奥底に、緑青を吹いた等身大の銅像が立っていました。
ジレムがその中に入ると、遥か太古からの世界の記憶、無数の魔術師たちの人生の記録、あらゆる魔術の知識の全て…脳が弾けるか発狂してもおかしくない膨大な情報が、雪崩となって脳に流れ込みました。

数時間を経て像から歩み出た時、彼はあらゆる魔術知識を吸収した恐るべき魔術師に変わっていました。
そして彼の心もまた、冷徹で酷薄なものに変わってしまっていたのです。(一人称も《オレ》に変化。)

魔術で攻撃してきた王を簡単に返り討ちして殺し、恨み嘆くハーバイドを捨て置いて陸へ去りました。
(ハーバイドは後に結婚し、長い月日の後にはジレムに受けた心の傷も薄れて、それなりに幸せに人生を過ごしたそうです。)

この時から彼の名の語尾が魔術師特有のものに変わり、ジレクとなりました。(男性名の末尾の「ク」は魔術師であることを示す。)
古代からのあらゆる魔術の知識を有し、通常の魔術師なら不可能な海の領域の魔法すら操る。世界最高の魔術師の一人。
闇の魔術師ジレクは、こうして生まれたのです。


--------------

さて。
シェゾのモデルがジレクならば、幾つか見るべき事項があると思います。

・闇の魔術師とは、《心が闇に堕ちた魔術師》を指す
・長い時を若い姿のまま生き、不死である
(17、8歳で闇の魔術師となり、数百年後に封印から目覚めて聖者ダタンジャになった時の外見年齢は25歳)
・秘儀を受け、古代からの魔術の知識を継承している

もしこれらが多少なりともシェゾの設定(イメージ)の下敷きにされているとするならば。
シェゾが《闇の魔導師》なのは、《心が闇堕ちしている》というだけの意味で、
古代魔導を操るのは、

A.不老不死のため古代から生きている
B.秘儀によって古代の知識を継承している

のどちらか(特に後者?)、または両方の意味だったということになるんでしょうか。


闇の魔術師ジレクは、すれ違った男たちの顔色をオリーブ色に変えて慌てさせる、通りすがりに井戸の水を血そっくりに変えてみるなどの子供じみたイタズラをする一方で、従僕が必要になるとその辺の人に催眠をかけて連れて行ってしまう(彼らは仕事も家族も忘れ、二度と帰らない)、死ねないことを思い知る為に時おり男たちを殺す(無理やり毒を飲ませ、自分も同じ毒を飲む)など、シャレにならない悪も為しました。

時に、娘を一晩 差し出させることもあります。
最初は渋々とベッドにやって来た娘は、やがて恋の呻きをあげはじめ、朝には引き留めようとする。
しかしジレクは振り向きさえしないので金切り声で罵りだす。
ようやく彼は振り向き、何か呪文を唱える。それ以来、娘は二度と声が出せなくなってしまったそうです。

ジレクが何をしたわけでなくとも、彼に情欲を抱く娘たちも多かった。
恐ろしい人殺しだと知っていても。
ある時、ジレクが街を歩いていると、金持ちの屋敷から青ざめた娘が走り出て来て、彼の足もとに身を投げ出して訴えました。「どうかしもべとしてお連れください!」と。娘は贈り物と称して宝石で身を飾り立てていましたが、ジレクは一顧だにせず通り過ぎようとします。それでも取りすがる娘をようやく見やって「殺せ、と言うのか」と言いました。
「死んでしまいます、あなたの愛がなければ。…でもきっと《死》その人にでもお仕えなのですね。かくも多くの者を死に追いやられるとは」
「死、か。知らずにきつい冗談を言う女だな」
そう呟くジレクの視線を受けると女は取りすがっていた手を放し、そのまま倒れ伏します。ジレクが歩み去った後も動けず、屋敷の中から従者たちが渋々出てきて担ぎ入れるまでそうしていたのでした。

さすらいの果てに住み着いたのは、海辺の断崖に建つ朽ちかけた屋敷。
入口の石段には獣の石像。中には従僕たちに集めさせた豪華な、あるいはいわくある調度が揃っていますが(王墓から盗み出させたアラバスターのランプだとか)、雰囲気はまるで墓場のよう。
鍵はかけられていませんが、盗みに入った者は、何を見たのか気がおかしくなってしまったそうです。

彼が街を歩くと、人々は恐怖で青ざめ、娘たちは恋で青ざめて窓辺に張り付く。
王も恐れて手が出せない。(ジレクの催眠で犬になりきって大恥をかかされたことがあった為)

力も愛欲も知識も容易い。人が望んでやまない不死さえも。
しかしジレクの心は乾ききっていて、相変わらずの死ねない死にたがりでした。
夢の中で誰かが囁くのです。「愛では足りぬ。永生でも足りぬ。魔術も、魔術でも足りぬ」と。


…こんな感じで。
冷酷に悪事をなすけど、ちっとも楽しそうじゃない人。
悪事でもやって自分の心を掻き立たせるなり痛め付けるなりしないと、石みたいに何も感じなくなって永遠の時間を生きられないと恐れている、身勝手な悪党。
それがこの小説における闇の魔術師って事になってます。
善行を試みたこともあったんですが、かえって人が死んでしまい(道端で見かけた子供に、魔術でパッと出したお菓子をあげてたら、毒だと思った母親が子供を抱えて必死に逃げようとして転び、子供の頭が石に当たって割れて死んだ)、もう自分は悪から逃れられないんだと暗澹とした気持ちになってみたり。

で。そんな彼の前に再び死の王ウールムが現れる。
今や《死》に恋い焦がれるジレクです。毎晩の眠りを《夢も見ない仮死の眠り》にしてもらうという条件で、彼のしもべになる契約を結んだのでした。


以下、その後の展開。
読みたくない人はこちらをクリックしてジャンプしてください。

--------------

ウールムはジレクに、《死》の力及ばぬ不死の都シミュラッドを滅ぼすよう命じました。
シミュラッドの王は、今や《光の勇者》と呼ばれるシミュ。
彼はジレク(ジレム)を忘れており、ジレクの内心の憎しみは燃え上がります。(表面上はいつもの仏頂面を崩さず。)

実は、アズュラーンがシミュの中からジレムの記憶を消していたのです。そのため、あれきり彼女はジレムのもとに帰らなかったのでした。
ジレムを忘れたシミュはアズュラーンに恋い焦がれ、彼に導かれるまま、死を根絶した世界を目指して勇者の道を歩んだのでした。
「これなんてエロゲ?」的な冒険(女になったり男になったりしつつ九人の聖巫女の純潔を次々奪って封印解除)を経て生命の水を盗み、飲んで不死者となりました。選んだ人々にそれを飲ませて不死の仲間とし、シミュラッドに住まわせたのです。

シミュラッド建立は、アズュラーンのウールムへのちょっとした嫌がらせになるはずでした。
しかし完成して時を経たシミュラッドは、美しいが停滞した、いわば《死んだ》都市でした。シミュ含め、住民はみんな人形のような目をして漫然と《生きて》いるのです。
アズュラーンはシミュへの興味を失い、「不要になったおもちゃは片付ける」という妖魔特有の考え方のもと、ウールムを介してジレクを派遣させたのでした。

ジレクもシミュも、妖魔のそんな思惑を知る由もありません。
シミュの妻を交えた歪んだ三角関係が勃発。
(セックスレスと停滞した生活に鬱屈していたシミュの妻は、危険な魅力のあるジレクに恋する。シミュは、思いだせないながら寝言でジレムの名を呼び、眠る体は女性に変化している。それを見た妻は、夫は女としての恋敵でもあると感覚的に悟り、衝動的に夜這い決行。何をされても冷然としていたジレクは、ふと「この女はシミュに抱かれているんだな」と思った途端、にわかに情欲が燃え上がり、シミュの妻を抱く。)
妻とジレクの不倫にショックを受けたシミュは、二人に生命の水を奪われるくらいならと、全て飲み干してしまいます。
不死の都を唯一継続させ得た生命の水は失われた。ジレクはウールムを都市の中に呼び込み、人々を魔術で石化させて都市ごと海に沈めました。そうでもしなければ不死者は滅ぼせないからです。

(シミュの妻は天空の精霊の血を引いていたためジレクの魔術にかからず脱出。最終的に、死の王ウールムの巫女にして癒し手(実質上の妻)というポジションに落ち着く。)

シミュだけは海に沈めず、大地の炎の燃える井戸に連れていきました。
無垢な子供なら不死者となり、大人ならば燃え尽きる。一度この火で不死になった者は大人になっても焼かれない。では、生命の水で不死になった大人をこの井戸に入れたらどうなるか。…生きたまま永遠に焼かれ続けることになるのです。
井戸を守る老魔女は、そんな恐ろしいことはやめろと止め、そんなにこの人が憎いのかと問います。ジレクは返しました。
「憎しみではない。これは愛なんだ。憎しみから親切を、愛ゆえに邪悪を行うのが、俺に定められた宿命なんだ」
可能ならいつか俺に復讐しろと優しく言って、ジレクはシミュを井戸に突き落とします。
そして無残な様子を目に焼き付けると、自身も苦しみもだえながら逃げ去りました。

シミュに永遠の苦しみを与えれば自分も永遠に苦しむことになる。解っていながら、あえてそうした。それが彼の歪んでしまった愛であり、生きるよすがでした。

それ以来ジレクは、飲みも食べもせず、己の身をハゲタカにつつかせながら砂漠の岩の隙間に坐しました。
人々は聖者だと思って救いを求めましたが、彼は応えません。
百年を経た時、エシュヴァ級の妖魔たちが現れて、ジレクをひどくからかいました。
やはり無反応にしていたジレクが、妖魔の一人が懐かしい緑石の首飾りをつけているのに気付くと取り乱します。妖魔たちは嘲笑って立ち去りました。ジレクは突っ伏して地を叩き、慟哭します。

シミュは井戸の底で焼かれ続け、九年目に残骸が妖魔たちに引き出されてアズュラーンのもとに運ばれました。
アズュラーンは精巧に作らせた人形にシミュの魂を移し、エシュヴァ級の妖魔として生まれ変わらせたのです。
シミュだった時の記憶などかけらもない。容姿にも面影は全くない。もはやアズュラーンに愛と忠誠を誓う多くの妖魔たちの一人に過ぎませんが。
そして百年後、いかなる思惑か、アズュラーンはジレクのもとにその妖魔をからかいに向かわせたのでした。

シミュはいつもジレクを忘れてしまいますが、ジレクは記憶をとどめ続けます。
シミュだった妖魔は何も感じませんでしたが、ジレクは泣きました。憤りと喜びとで。
シミュはもういない。けれど、もはや苦しんではいない。
ジレクはほんのわずか、救われたのかもしれません。

ジレクはその後も坐し続け、ウールムに貰った仮死の眠りに就きました。年月は彼を岩の中に封印し、数百年が過ぎていきました。

その間、アズュラーンは何をしていたか。
神を崇めアズュラーンを不当に(?)貶めた伝承を行う人間たちに怒り、神々を逆恨みして、神を崇める聖都を滅ぼさんと暗躍していましたが、巫女ドゥニゼルに出会って手が止まります。
月のように青白く輝く白金の髪、日が暮れたばかりの夜空のような青い瞳、妖魔でさえハッとする美しさ。《月の魂》という意味の名を持つ彼女は、あまねく照らす月のような、静謐な胸広さを持っていました。
アズュラーンは静かな恋の《狂気》に落ち、彼女に自分の子を処女懐胎させます。

聖女が神の子を産んだ。最初はそう思って祝福していた人々は、妖魔の子だと知るや憤怒の《狂気》に駆られ、ドゥニゼルを殺しました。
報復に聖都を殲滅しようとしたアズュラーンを、ドゥニゼルの霊が鎮めます。一夜だけの、最初で最後の愛の交わりによって。
激しく哀しい恋は終わりました。…いえ、永遠になったのかもしれません。

二人の間に生まれた娘、アズュリアズ(漆黒の髪と青い瞳)は、乳代わりに妖魔の血を飲んで成長し、生後一ヶ月で二歳児の姿に(この頃に母が死亡)、その後十七日で十七歳の娘になりました。
強い魔力と絶世の美貌を誇る、矜持高き《アズュラーンの娘魔女》です。(女性名の末尾「~アズ」は、女魔術師であることを示す。)

アズュラーンは我が子を自分の作った人形としか思わず、また、ドゥニゼルの面影を見ることを疎んで、隔絶された住処と召使いを与えただけで捨て置きます。
アズュリアズは父の愛を知らずに暮らし、互いをのみ愛して子を顧みなかった両親を憎みました。
(亡霊となった母は父の前に現れて愛を交わしたが、子である自分の前には現れなかった。母は父を喜ばすためだけに自分を産み、父は自分を憎んでいるのだ、と。)

《闇の公子》の一人、惑乱の公子チャズが、彼女を美しい牢獄から盗み出します。
彼は擬人化された《狂気》。かつてのアズュラーンの静かな恋の《狂気》も、ドゥニゼルを殺した群衆の《狂気》も、いわば彼そのもの。彼の暗躍によるもの。
ドゥニゼルの死に怒るアズュラーンの報復を恐れ、身を隠すべく人間の若者オルローの姿を取った彼は、《狂気》の特質のまま、オルローとチャズの間で自我を揺れ動かせていました。(オルローとしての彼は、自分の正体を忘れている。話している間にフワフワ人格が変わる感じ。)

アズュリアズを盗み出すにはアズュラーンの領域を侵さねばならない。
その危険を顧みぬほど、チャズはアズュリアズを愛していました。彼女が母の胎内にいた頃から。
魔力でそれを読みとったアズュリアズは彼に恋します。
父に愛されぬ自分を、これほどに必要としてくれるのだから。
二人は地上に逃れ、一年ほどの間、森の奥の屋敷で睦まじく暮らしました。

しかしアズュラーンは二人を見つけ出します。
捨て置いた娘。とは言え、チャズに出し抜かれるのは許し難い。
チャズは《人間の一生分の時間、ただの狂人として地を這いずり病み老いる》という、アズュラーンの提示した罰を受け入れ、アズュリアズの前から去りました。諦めきれない彼女は追いますが、苦難の果てに探し当てた恋人が本当に狂人でしかないのを見て、悲憤の中に諦めるのでした。

これからどうすればよいのか。迷うアズュリアズの前に、《闇の公子》の一人・宿命の君ケシュメトが現れます。(《運命》の擬人化。以降、アズュリアズの叔父の様に接する。)
ケシュメトに導かれ、アズュリアズは水面に闇の魔術師ジレクの幻を見ました。
この時代では、伝説を通り越しておとぎ話となった人物です。「いかな長寿でも もう死んでいるじゃろう」とアズュリアズが言うと、ケシュメトは言いました。彼の心も精神も知性も死んでいるだろうが、体はまだ生きている。今もどこかに《存在》しているだろうよと。

その夜、アズュリアズは夢を見ました。暗い目をしたジレクが言うのです。
「私とて善行をなしたい気持ちはあったが、悪名をはせることになった。行って悪をなすのだ、私のように。誰が宿命を逃れ得よう」と。
(アズュリアズは自分の宿命を、おとぎ話のジレクのそれと重ね合わせた。)

全てを諦めたアズュリアズは父のもとへ行き、これからは父に従って孝養を尽くしますと誓いました。
彼女は涙を流してはいませんでしたが、アズュラーンは言います。「言葉の一つ一つが涙であったよ」と。

以降、アズュリアズは父の指示のまま、地上に強大な帝国を打ち立てて人間たちを支配しました。
その都の壮麗さ、彼女の美貌を見た人々は熱狂し、自ら手足を切り落とし、あるいは心臓を突いて死に、あるいは愛していたはずの家族を殺して、血と命を捧げました。
しかし女王はそれらにさして関心を払いません。どれほど血を捧げようと月は天空で冷たく輝くだけであるように。一方で敵対者には容赦なく、どこまでも冷酷に遇しました。

アズュリアズの治世は三十年以上続きましたが、十七歳の姿のままでした。
人々は競って血を捧げつつ彼女を女神と崇め、本当の神々のことを忘れていきました。アズュラーンの計画通りに。
(これらは全て、アズュラーンによる神々への嫌がらせ。)

《宿命》と、母ドゥニゼルの霊が、アズュリアズと闇の魔術師ジレクの運命を繋ぎ合わせます。
ジレクの封印されていた岩が切り出され、不思議にも沈まずに川を流れました。魔力で感知したアズュリアズの干渉で、水の中で岩は割れ、裸身のジレクが浮かび上がります。
未だ美々しい青年の姿ではありましたが、かつてのような見る者に情欲を抱かせる輝きは失われています。また、人に恐怖と憎悪を抱かせた邪気もありません。
そして、ジレムだった頃は《人を癒す涼やかな泉》、ジレクだった頃は《凍てつく氷柱》だと言われた青い瞳は、今は硬い石の黒に染まっていました。

彼は、魔術師ジレクであったのは前世のことで今の自分には関係ない、シミュのことも今は何ほどでもないと言い、《望まざるに石より生まれた者》を意味するダタンジャと名乗ります。
彼の心は、長い年月に擦り切れて死んでいました。憎悪も愛も絶望も、もう何も感じないほどに。
お前は父上に仕えたがっていたのだろう、わらわに仕えよと命じるアズュリアズを拒むと、簡素な黒衣をまとってさすらい出ていきます。

さすらうダタンジャは、アズュリアズの支配する荒んだ地を離れ、いつしか美しい自然の中に至ります。
そんなある夜、己の心から現れた三人の影に出会いました。
一人目は男。
お前は未だ世界をひれ伏させ得る強大な力を持っている、なのにそれを振るわず、他者に翻弄されてみじめに生きるのか。今一度ジレクとなり世界を支配せよと誘惑します。
ダタンジャは断り、力を使わずとも他者に翻弄されはしないと返します。力を振るう事が《罪》だから断るのではない、力に溺れていたのは過去であり、今の自分には必要ないのだと。
男は消えました。
二人目は女。
女は衣を脱ぎ捨ててダタンジャと交わります。事が為されると「馬脚を顕したわね、お前の弱さも欲望も見えたわ」と嘲笑いました。
しかしダタンジャは笑い、「あれは《罪》ではない」と返すのでした。
かつて悪を恐れるジレムにとって肉欲は罪であり、その価値観は奥底にあり続けました。だからシミュの愛もうまく受け取れませんでした。彼女を愛し抱きながらも、一方では罪だと思っていたからです。
しかし今の彼は、愛を恐れなくなっていました。
女も消えました。
三人目は、死の王ウールム。…いえ、ウールムの姿をとったダタンジャ自身。
幻のウールムは告げます。魔法もまた朽ちて移ろう。お前の不死の時は終わった。今や、お前は死ねるのだと。
果たして、ダタンジャが石で己の腕を傷つけてみると血が流れました。
ダタンジャは喜び、では最後の誘惑は《死》なのだと悟ります。かつての彼は死にたがってばかりいたのですから。
しかし今、彼は言います。
以前の自分は恐れるあまり善に逃げ、恐れに打ち負かされた後は悪に溺れた。しかし今の自分は恐れない。もはや悪をなすこともない。
長き旅路に教えられた。神々や妖魔、不死のジレクに劣らず、ただの人間もまた永遠。朽ちる体であろうと、命の火は巡り続ける。
もはや、生きることを恐れはしない、と。
全ての影は消えました。心は蘇り、ついに夜明けが訪れたのでした。

ダタンジャは海に沈んだシミュラッドの遺跡を訪ね、今は珊瑚と化した不死人たちの残留思念と邂逅します。
未だ魂を保持していた偏屈な老魔術師を石化から解放しました。(彼はダタンジャの一方的な同行者になった。)

シミュラッドを後にしてからは、立ち寄った村々で人々を救うようになりました。
子供の病を癒し、失せものを見つけ出し、枯れた井戸を復活させ。
それらはジレクが得ていた魔術の力によるものでしたが、ひけらかすことはせず、あくまで淡々と行われました。

やがて、ダタンジャは壊れた魔法船と倒れ伏すアズュリアズを発見しました。(傍には宿命の君ケシュメトが坐し、彼女を守護していた。)
彼女の都は神々の怒りにふれ、天使に滅ぼされたのです。
魔法船で逃れた彼女は、(かつてのジレムのように)海の底の王国で新たな恋を得るも泡と消え、ついには天使に追われて魔法船ごと世界の果ての向こう…混沌に突入したのでした。

妖魔たる彼女は不死。しかし混沌は、ある意味での《死》を与えました。
即ち、肉体は健常な十七歳のままでしたが、精神は七歳ほどに退行し、記憶もほぼ失われていたのです。

心が幼子になった彼女は、漆黒の髪と瞳のダタンジャを見て父と呼び、喜び慕って抱きつこうとしました。
しかし(妖魔を好まぬ)ダタンジャの気配が冷たく剣呑な《ジレク》に変わると、「どうして?」と泣き出します。
ダタンジャは戸惑い、ケシュメトに「違うと言ってやってください」と頼みましたが、自分で言うのだなとにべもありません。「私はアズュラーンではない」と言ってはみたものの、地べたに座り込んだ幼子は泣きながら首を左右に振り、両手を差しのべるばかり。
どうすればいいのか。ダタンジャは石のように固まりました。

その時、雨が降り出しました。雨に打たれて泣きじゃくる娘を見るダタンジャの胸を、様々な情景がよぎっていきました。
お前は死ねないのだと教えられて自殺を図り、しかし死ねずに雨に打たれて転がっていた日のこと。闇の魔術師ジレクが流させた多くの人々の涙…。
ダタンジャはひざまずき、娘を抱き取って慰めました。かつての自分が誰かにそうしてほしかったように。

娘を幼名の《ソーヴェ》と呼んで、仮の父娘は旅を始めました。外見年齢ではせいぜい兄妹にしか見えぬ二人でしたが。
(偏屈な老魔術師も相変わらず付いてきて何かと騒ぎを起こし、《アズュリアズ》を見張る全身金色美形天使も、無言・無表情・常に一定距離空けで付いてきていた。彼は岩の上に立ってはダタンジャが人々を癒す様をじーっと見る。人々は謎の家族だと噂した。)

いつしか、ダタンジャは癒し手・導師として人々に慕われるようになっていました。
大勢の論客が彼の話に耳を傾け、意見を交わします。講義を受けたいと象に乗って遠方から訪れる貴人、病を癒してほしいと震える足で旅してきた貧人もいました。

罪を犯した時、罰するのは神ではない。自分自身であると彼は説きます。
殺された者の魂はいつか生まれ変われる。しかし殺した者の魂は穢れ、生きる限り苦しまねばならない。
では、罪を犯した者はどうすれば生きられるか。
咎人に限らず、生きる苦しみは誰にもある。こだわりや憎しみを捨て、周囲に等しく親しみをもって接すれば、心の平安が得られ顔をあげて生きていくことができる。
人々に「罪なき方」と呼ばれると、彼は返すのです。「私こそ誰よりも罪深き者。我が魂はおぞましい罪の穢れで塗りつぶされている」。しかし、だからこそ今の自分があるのだ、と。

産まれて間をおかず十七歳に成長したアズュリアズには、子供時代がありません。しかし今、《ソーヴェ》は子供時代を満喫し、新鮮な驚きと興味をもって一つ一つ世界を学び直していました。
彼女にとってダタンジャは父であり兄であり、師でありました。
(ダタンジャにとっても、かつて自分に与えられなかった家族の愛、自分が恐れ避けていた「愛を受け取ること」を学ぶ日々だった。)

三年が過ぎ、彼女が記憶を取り戻した頃には。
二人の間には揺るぎない家族のきずなが結ばれていました。
(あのジレクが、娘とふざけて遊び、笑いあった。あのアズュリアズが、父の為に家事をし、歌を唄い、昔話をねだった。二人で火を囲んで田舎料理を食べた。小さな虫たちを同席させて。
外見年齢のつりあった二人の「これから」を、虫たちは口さがなく噂したものだが、二人は互いに欲望を抱くことはなかった。彼らに宿命づけられていたのは愛することであり、恋ではなかったのだ。)

娘の記憶が戻った夜。ダタンジャは夢を見ました。
緑の丘にいて、傍らには少女のシミュがいました。二人は語らい、獣たちと遊び、やがて草に寝転んで愛し合いました。ダタンジャはシミュの炎の髪にキスして言いました。
「存分に私を罰したか? 気が済むまで復讐したか?」
すると彼女は言うのです。
「あなたを罰し、私の為に復讐してくれたのはあなた自身。どちらにせよ、それは馬鹿馬鹿しいだけのこと」と。

かつて闇の魔術師ジレクだった頃、彼は常に安息を得られず(得ることを避けて)、心のうちに囁きを聞き続けていました。「愛では足りぬ」と。
しかし今、朝の光の中で巣立っていく娘を見送り、彼を導師と慕う人々の元へ歩み出て行きながら、ダタンジャは微笑みを浮かべています。そして思うのでした。「愛で全てが事足りた」と。


闇の魔術師ジレクの物語はここで終わり、以降はアズュリアズの旅になります。

《命の火花》を意味する《アトメ》と名を変えた彼女は、彼女を殺すか否か見極め続けていた全身金色天使と和解したり、狂人オルロー(チャズ)の死を看取ったりしつつ、ダタンジャがやっていたように癒し手として旅を続けます。

二十年ほど後、《闇の公子》の立場に戻ったチャズと再び恋仲に。一年ほど楽しく過ごしましたが、ダタンジャと暮らして以降《不死ならぬ人間こそ輪廻転生による永遠の命を持つ、限られた命だからこそ生きることができる》と考えるようになっていた彼女は、自ら不死を捨ててしまいます。普通の人間よりは長寿ですが、緩やかに老いて死ぬ身に。
ドゥニゼルが死によってアズュラーンを裏切ったように、今はそなたがわしを裏切る、と哀しむチャズ。しかしアトメは寿命がある限り変わらずあなたを愛すと穏やかに笑うのでした。

二百年ほど後。
人を癒し導く巫女として絶大な名声を得た彼女は、大蛇の棲む山に建てた小さな神殿に住んでいました。
神殿に祀られているのは《人類》。胎児から老人、男と女、乞食から救世主。ありとあらゆる姿を示し、これは汝がかつて来た道、これから行くかもしれぬ道。全ての人に等しく命の火が燃えていることを忘れるな、と説いています。

死の王ウールム(信者たちは巫女の息子だろうと想像)の訪ねる姿が頻繁に見られるようになったある夜のこと。初めてアズュラーンが訪れます。
老いた娘の姿を見た彼は「ここで殺してやろう」と怒りを見せますが、彼女が穏やかに受け入れる様子に、かつてのドゥニゼルを重ね見て態度が変わります。

これまで、娘はドゥニゼルに産ませはしたがあくまで自分が作ったモノ、神々に対抗し人間を不幸に落とすためアズュラーン自身の分身として作ったものに過ぎない(だからアズュリアズと名付けた)と言ってきた彼が、こう吐露する。
「そなたはドゥニゼルの子。ドゥニゼルそのもの。余のものではない。一度とて余のものではなかったのだ。世界に与える我が呪いとして、余自身たるよう作りはしたが。そなたは余が愛せしドゥニゼル、月と日の両方たりしドゥニゼル。母の娘だ。どうして傷つけられよう」

アズュラーンは泣いてはいませんでした。彼は泣けないからです。
けれど、老母のようにアズュラーンを抱いて、アトメは言いました。かつて自分が父にそう言われたままに。
「お言葉の一つ一つが涙でありましたよ」と。


--------------

《平たい地球》シリーズの最中心キャラと言えばアズュラーンで、メイン主人公はアズュリアズかと思われますが、自分的には、裏主人公は闇の魔術師ジレクだと思っています。

ジレクの面白いところは、《光の勇者シミュ》と対照されたり、《魔女神アズュリアズ》と重ね合わせられながらも、彼自身は徹頭徹尾、《人間》である点です。

かつて、仕えたいと望んだジレムを、アズュラーンはすげなく拒絶しました。
理由の大半は「好みじゃなかった」から。
また、しもべにして普通に破滅させるより、拒絶して絶望させた方が面白い、と考えたからだとも語られています。
…その目論見通り、ジレムは闇の魔術師なんてものに成長してくれちゃったわけですが。

一方で、こうも語られています。
アズュラーンは見抜いていたのだと。ジレムが、自ら破滅へ向かいながらも、その心の中に確かな善性と強い意志を持っている事を。だから(好みじゃないと思い)しもべにしなかった。
実際、一度はどん底の闇へ落ち、長い長い時間をかけながらも、彼は最終的に自ら立ち直っています。

立ち直った彼がアズュラーンの娘を救い、救われた娘がアズュラーンを癒すことになるのですから、間接的ながら、アズュラーンは自分が不幸に落とした相手に救われたということになる。運命流転の妙というものですね。

--------------

#話がそれますが、アルルとルルーは「古代魔導学校(古代魔導スクール)」を目指していて、最初に立ちふさがるシェゾは「古代魔導」を使うわけで。
#場合によっては、古代魔導学校に辿り着いたらシェゾが教師として出てくる、なんてオチもあり得たのでしょうか(笑)。蒸発したり生首になったりしたのはイリュージョンでしたー、なんてね。
#シェゾ先生は、機嫌がいいとダタンジャばりに穏やかだけど、キレるとジレクばりに怖くなったりするんだわ、きっと。(そんな先生いやですね。)
#いくらなんでも教師ってことはないでしょうが、「古代魔導学校」と「古代魔導を操るシェゾ」の間に何らかの関連はあったのかもしれない、なんて妄想してみるのは楽しいです。


--------------

さて。
闇の魔術師ジレクの服は、イメージに違[たが]わぬ漆黒です。
そこに黄金と海色の宝石の豪華な飾り、黄金の指輪、琥珀金とオリハルコンの腕輪などを着けていて、胸には黒い貴石(黒曜石?)で出来たスカラベ。
スカラベというのは、ご存知の通りエジプト産の黒いコガネムシで、フンコロガシのこと。丸めた動物の糞を後ろ足で転がして運ぶ姿が《太陽を運ぶ太陽神》と同一視され、太陽神の化身とみなされて、その形を模したお守りが多く作られました。
スカラベは《再生、復活》(沈んでは昇る太陽のように、死んでもまた蘇ること)を象徴します。不死のジレクがそれを身に着けるのは皮肉ではありますが、ある意味、彼は死と再生を繰り返し続けているので、作者は意図的にこのアクセサリーを身に着けさせてるんですよね。きっと。
ジレクの漆黒の服は、時には「カブトムシの羽根の色」と表現されることがあります。これも多分、「スカラベの色」という意味じゃないでしょうか。…単なる闇の色なのではなく。

そして、一時はジレクの主であった死の王ウールムのこと。
彼は虚無の闇の肌と長い髪を持ちますが、髪の色は仄かに輝く雪の純白、衣も純白。目は燃える燐(青白いという事か?)とされています。
シェゾは闇の魔導師なのに白い服で珍しいとよく言われてきましたが、もしかしてウールムの姿に想を得てデザインされた部分もあるのかも? …いや、これは関係ないかなぁ?

--------------

宿命の君ケシュメトが、ウールムのことを「屍肉の籠を持って地上を歩き回り」と語る場面があります。しかし、ウールムが実際に「屍肉の籠」を持っている場面はありません。

ところが。実は闇の魔術師になったばかりの頃のジレクは、屍肉のカゴを持ち歩いていたんですよね。
海の民を牽制するために、重い真鍮の鳥かごに入れた海の王の死体を持ち続けていて。
はじめのうちは引きずって歩き、そのうち鳥かごに自動走行機能を付けて勝手に付いてくるようにしていました。

「《死を与える存在》は、屍肉の入ったカゴを持ち歩いている」というイメージが、どうも作者にはあるらしい。
これ、多分なにか伝承の元ネタがあるんじゃないかなと思うんですが。
(人食い鬼/山姥/人魚/人さらい…即ち冥界神が、人間、あるいはその魂を、カゴや袋に入れて運び去る、閉じ込めるという伝承は、日本含む世界中にありますし。)
要は、作者のイメージの中でジレクとウールムは同じ元ネタ(死神の一形態?)から派生した、重なる部分のあるキャラクターなんじゃないかと思ったりするのです。

だとすると、ジレクをモデルにしているかもしれない最初期シェゾにも、ちょっぴりは、《死神》のイメージを感じ取ることができるのかもしれません。


以下ちょっと、『魔導物語』とは関係ない、民話伝承面からの考察。
興味のない方は、こちらをクリックして飛ばしてください。

--------------

《平たい地球》シリーズは『千夜一夜物語』をイメージした文体で書かれていて、聖書や神話などの伝承を元ネタにした部分が多くあると、訳者あとがきには書かれています。

(ただ、『熱夢の女王』の訳者あとがきで、屍食鬼の巣食う都シュドムの元ネタが聖書の背徳の都ソドムだと指摘しながら、『千夜一夜物語』にある「シディ・ヌウマンの話」の方を挙げないのは何故なのだろうと思いました。《平たい地球》シリーズが『千夜一夜物語』をイメージしていると誰よりも早く看破した訳者なのに…)

実際、色んな伝承のネタが沢山入っていて、その面でも面白いです。
「元ネタ探しもこのシリーズの楽しみの一つ」なんてレビューに書かれていることも。

例えば、不死をもたらした英雄シミュの物語って、「死神と兵隊」系の民話が元ネタですよね。

火に焼かれて不死になるジレクのエピソードは、大抵の人がギリシア神話のデメテル女神またはテティス女神の物語を思い浮かべるでしょうし、実際、それも採られていると思うんですが、私は日本人なので、それ以上に『今昔物語』のインドの話を思い出しました。「薄拘羅[ハクラ]、善を行って報いを得る語[こと]」ってやつ。

母に鍋釜で焼かれ煮られるが死ぬことがなく、美しく治癒している。
大魚に呑まれるが無事に帰還する。

大魚(竜/狼/怪物)に呑まれて出てくるのは、伝承の英雄譚ではおなじみのモチーフです。
怪物の腹に入って出てくる(女神の胎に入って産み直される~冥界に降りて蘇る)のは英雄・聖者の特権。

薄拘羅は立派な僧になったと語られますが、思えばジレクも最終的には聖者ダタンジャになりました。
ジレクであった頃も、僧時代からのまま裸足で通していましたが、作者の中ではジレクは徹頭徹尾、僧(修行者/求道者)のイメージだったのかも。

--------------

ところで、アズュラーンをサタンのモデルだと思って見ていくと、色々面白く妄想できる部分があります。

たとえば。
「妖魔は人間と同じ方法では子供を作らない」。

妖魔にも肉欲はありますが、あくまで娯楽であって、生殖の意味は持たないそうです。
ちなみに、女性妖魔は子宮を持たない。
妖魔は滅多に仲間を殖やしませんが、必要がある場合、方法は幾つもあるんだそうな。
血を混ぜるとか、人形やら花を変化させるとか。

サタンは強力な後継ぎを産ませるために魔導力の高いアルルを花嫁にしようとしている…というのは、商業二次の角川版小説の独自設定ですけども、最初期魔導のサタン様は実際、どういう意味でアルルを花嫁にしようとしたんでしょうか。「妃となるべき魔導師を探している」とのことでしたけども。魔導師でなければならない理由とは…。やっぱ、後継者問題なんでしょうか?

もしアズュラーンの性格をサタンが多少なりとも引き継いでいたのなら、花嫁とは言ってもごく一時的なものだったのかもしれません。アルルが受け入れていたら、すぐに捨てられたうえ「不要になったおもちゃは片付ける」的に破滅に追いやられていたのかも。
最初期サタンが「死ねぇ!」と叫びながら「大人しく妃になれ」などと同時に言っていたのは、実は彼の妖魔的性質をありのままに示していたのかもしれません。

アズュラーンは妖魔にも人間にも無数の情人がいましたけど、唯一子供まで作ったほど愛したドゥニゼルとは、あっという間に死に別れ…。
(ちょっと、真魔導のリリスとの関係みたいでもありますね。)
そっちの線から考えても、「サタン様を愛した者は幸せになれない」印象です。
少なくとも「結婚して、いつまでも幸せに暮らしました」というオチの可能性は低かったんじゃないでしょうか。


さて。
最初期魔導からは離れちゃうんですけども。
アルルの幼稚園時代を描いたリメイク作の一つ『魔導物語 はなまる大幼稚園児』の没版プロローグに、こんなものがありましたよね。

サタンはかつて、全世界の女性を自分のファンクラブに入れることで世界征服を成そうとしていました。
しかしただ一人、ファンクラブ入会を拒んだ女性がいました。
そのうえ、彼女は幼なじみの男性と結婚してしまった!(そしてアルルが生まれた)
これを深く恨んだサタンは復讐を誓い、アルルの幼稚園の卒園試験が迫る頃、暗躍を始めたのでした…という。

前述したようにこれは没版で、実際に発売されたゲームではサタンはただの優しいおじさんになってますけども。
実は『闇の公子』に、よく似たエピソードがあるんですよ。

ビスネという、非常に美しい人間の娘がいました。
彼女の存在を知ったアズュラーンは、一夜の快楽を求めて誘いますが、拒まれます。
というのも、彼女は妖魔に惑わされぬしっかりした心の持ち主でしたし、なにより、幼なじみの婚約者がいたからです。

二度目も拒まれたアズュラーンは、ついに、彼女の婚約者そっくりの姿で逢いに行き、ベッドに誘いました。
(これはギリシア神話が元ネタですね。)
見た目も声も言動も婚約者そのまま。特に疑わずベッドに入ったビスネでしたが、男の目を見て、直観的に偽物だと気付きます。
三度目も拒まれたアズュラーンは、その場は立ち去ったものの、彼女に深い恨みを抱きました。

ビスネは婚約者とつつがなく結婚しましたが、幸せな初夜が明けた朝、隣に怪物が寝ていたので悲鳴をあげました。
駆けつけた人々が怪物を追いだしましたが、夫はいません。あの怪物に食べられてしまったのだと思い、彼女は悲嘆にくれました…。

実は怪物こそが夫で、アズュラーンが魔法の皮を被せて怪物に変えてしまったのです。
(彼は怪物のまま、誰にも理解されず迫害されて百年を過ごし、死んだ後も憎悪が残って増幅され続け、更に二百年ほど先に世界を覆って人類滅亡の危機にまでなりますが、それはまた別の話。)

…前述の『はなまる』プロローグは、しょせんは没エピソード。
そうは思っていても、なんとなく怖い感じがしてきます。
『はなまる』以降の設定だと、アルルの父親はアルルの五歳以前に行方不明になってるんですよね。
……サタン様。ま・さ・か……(汗)。


ちなみに『闇の公子』のビスネは、初夜で身ごもった夫の子(娘)を産みますが、恨みを忘れぬアズュラーンが魂を斬り裂かせたために、その娘は生まれながらに魂が半分に。見た目は美しいのに、いつもぼーっとして感情がない感じなのでした。
ちょっと、ぷよフィシリーズのシグみたいですね。

この娘は魂が半分しかないって事で「半魂の娘」と呼ばれましたが、それに倣うならシグを「半魂の男」と呼ぶこともできるんでしょうか。

--------------

最後に、『闇の公子』とは関係ないけど、最初期魔導のルルーの話。

彼女って結局、何者だったんでしょうか。

現行の設定では、彼女は「魔力が全く無い」「格闘家」ということになっています。
しかし、米光さんの明かしたところによれば、最初期魔導設定では「魔導師」でした。

#『魔導3』のラスト、ルルーは「サタン様は偉大な魔導師を妃にすると言った、だから私も魔導学校に行くの」と言います。
#後続シリーズではこれを「魔導師ではないルルーが魔導師になるために魔導学校に行こうとした」と解釈したわけですが、実際は既にルルーは魔導師で、「より偉大な」魔導師になるために学校に行くことにした…のが正解だったみたいですね。


彼女はミノタウロスを「召喚」しています。
しかも、魔物の巣食うモケモエの遺跡を「元々私の場所」だと言い、そこに棲む魔物たちは彼女を「この場所を人間たちから守ってくれる女王様」だと慕っていたのです。

魔物たちの女王…。
では、ルルーは魔族なのか?

個人的にはそうは思いません。
キャラクターデザインが魔物的ではありませんし、アルルと対等な存在として描かれていますから。
魔族の女王が人間の通う魔導学校に入ると言うのも、ピンときませんし…。
関連するとしても、せいぜい「人間と魔物のハーフ」とか、その程度?
#モケモエの遺跡を拠点にしていた(住んでいた?)のですから、シェゾ同様、魔的世界にどっぷり浸かった人間なのだとは思います。

ならば、どうしてルルーは魔物たちに女王と慕われていたのか。

迷宮に閉じ込められていたミノタウロスと死闘し(彼の目の傷はルルーが魔導杖で付けた)、その後、彼を迷宮から救いだしたので、ミノタウロスは彼女に心酔して従うようになった…というのが最初期の時点からあった設定だそうですから、他の魔物たちも同様にして従えたのかもしれません。
(サタンを探して?)各地を巡りながら、迫害を受けていた魔物たちを救って、迷いの森~モケモエの遺跡に保護していった? …うーん、それじゃ水戸黄門か(笑)。


なんにせよ、これは結構いわくのある、面白い設定ではないかと思うんですれど、後継スタッフは扱いかねたのか取り上げず、後続シリーズでは消滅してしまいました。
せいぜい、『ルルーの鉄腕繁盛記』の「ルルー様ファンクラブ」に片鱗を残したのみ。

アルルやシェゾには、後続シリーズで次々と いわくありげで壮大な設定が付け足されていったというのに…。

ぷよシリーズでは「女王様」という言葉だけが独り歩きして、『ぷよ!』でとうとうSMの女王様的扱いになる始末。

今後のセガぷよで、この設定が再び取り上げられることはあるんでしょうか?
そうなったら、アルルやシェゾに比べて影が薄くなりつつある昨今のルルー像も、ぐっと変化を見せることになるのかもしれません。

--------------

ここまでお付き合いありがとうございました。
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【2011/09/24 23:17】 | 魔導・ぷよ系の話
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無記名
かなーり深く想像してますね。
適当にわりふられるとある設定に内容を深く含ませてそこまで分岐増幅をしていくとは…。
別のゲームの設定を見てるようで新鮮でした。

管理人のみ閲覧できます
-


分岐
すわさき
こんばんは。
コメントありがとうございました。
色々考えてみるのが考察の楽しみですよね!


Re: タイトルなし
すわさき
こんばんは。
楽しんでいただけて良かったです。
平たい地球シリーズ、読まれましたか?
結構読みにくい話ではありますよね。物語が前後しつつ長大で枝葉を伸ばしまくりですから。

>ジレムの夢に現れたシミュは本物(魂)なのか、彼の妄想なのか…。
個人的には、ダタンジャの妄想なのだと思います。
自分を赦せたから、ああいう夢を見ることができたんじゃないでしょうか。

でもそれこそ人それぞれで、愛の奇跡が起きたと解釈してもいいのだろうと思います。

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コメント
この記事へのコメント
かなーり深く想像してますね。
適当にわりふられるとある設定に内容を深く含ませてそこまで分岐増幅をしていくとは…。
別のゲームの設定を見てるようで新鮮でした。
2011/09/26(Mon) 20:40 | URL  | 無記名 #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011/09/28(Wed) 23:46 |   |  #[ 編集]
分岐
こんばんは。
コメントありがとうございました。
色々考えてみるのが考察の楽しみですよね!
2011/10/09(Sun) 00:10 | URL  | すわさき #r.0hNWwI[ 編集]
Re: タイトルなし
こんばんは。
楽しんでいただけて良かったです。
平たい地球シリーズ、読まれましたか?
結構読みにくい話ではありますよね。物語が前後しつつ長大で枝葉を伸ばしまくりですから。

>ジレムの夢に現れたシミュは本物(魂)なのか、彼の妄想なのか…。
個人的には、ダタンジャの妄想なのだと思います。
自分を赦せたから、ああいう夢を見ることができたんじゃないでしょうか。

でもそれこそ人それぞれで、愛の奇跡が起きたと解釈してもいいのだろうと思います。
2011/10/09(Sun) 00:14 | URL  | すわさき #r.0hNWwI[ 編集]
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