「はてなどう」「ナラカ」「円環伝承」共用。書き手は ちゃすかとすわさきの二人。
漫画家が漫画にまつわる自身の半生を漫画化した漫画家漫画。
(なんか早口言葉か掛け言葉みたいですね 汗)

絵も語り口も軽くエッセイ風に書かれたものもあれば、重~い自伝もあり、時にドラマチックに脚色され、脚色が過ぎて半ばフィクションになっているものもある。

そんな漫画家漫画の何本かを、ざーっと紹介しつつ適当な感想を並べてみようかと思います。
なお、漫画家が主人公なだけのフィクション漫画は含みませんのでご了承を。



まんが道 (1) (中公文庫―コミック版)まんが道 (1) (中公文庫―コミック版)
(1996/06)
藤子 不二雄Ⓐ

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最初はやはりこれ。漫画家自伝漫画の金字塔『まんが道』です。
児童漫画の大家・藤子不二雄Ⓐが、かつて藤子・F・不二雄と二人一組の「藤子不二雄」だった頃の、出会い、デビュー、挫折、再起を、ある程度フィクションを交えつつ描いた自伝的青春物語。
1950年代を中心に描かれています。
主な舞台であるトキワ荘は、後に名を残した若き漫画家たちが集った、昭和漫画史の梁山泊として知られるようになりました。

藤子不二雄のみならず、手塚治虫や石ノ森章太郎、赤塚不二雄といった有名漫画家たちの人となりや知られざるエピソードを垣間見ることとが出来る。それも魅力ですが、もう一つの大きな魅力は、藤子不二雄が当時描いていた漫画の一部が再録されていて、作中漫画として実際に読むことが出来ること。当時本当に雑誌掲載されたものですから完成度が高い。一粒で二度美味しいと言うやつです。

ただ、現在連載中の続編『愛…しりそめし頃に…』は、コンビ解消で版権的問題があるのか、藤子不二雄Ⓐ側の漫画しか再録されないのが残念なところ。

ちなみに、アシスタントが藤子F視点から藤子不二雄伝を描いた『ハムサラダくん』という児童漫画もあるんですが。これは途中から完全フィクションになってしまっているのだとか。
こちらの漫画は子供の頃一度読んだことがあるきりですが、コピーと切り貼りを多用して漫画を大量生産していた、(某人を連想させる)人気漫画家を批判していたあたりを覚えています。あれは藤子不二雄のではなく、作者のヨシダ忠自身の体験が元になってたんでしょうか?







愛…しりそめし頃に…―満賀道雄の青春 (1) (Big comics special) 藤子不二雄物語  ハムサラダくん   ~完全版~  上 (レジェンドコミックシリーズ―ポケットレジェンドコミックス (14))
愛…しりそめし頃に…―満賀道雄の青春 (1) (Big comics special)
(1997/03)
藤子 不二雄A
藤子不二雄物語 ハムサラダくん ~完全版~ 上 (レジェンドコミックシリーズ―ポケットレジェンドコミックス (14))
(2007/01/25)
吉田 忠




ボクの手塚治虫 (講談社文庫)ボクの手塚治虫 (講談社文庫)
(1994/01)
矢口 高雄

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『釣りキチ三平』で知られる矢口高雄が、毎日中学生新聞で連載していた、自身の子供時代を描いた自伝漫画『オーイ!! やまびこ』のうち、手塚治虫や漫画に関する思い出部分をまとめたもの。手塚の死に際して、追悼的な気持ちで特別編として描かれたものだそうです。

矢口高雄は秋田の雪深い山村に生まれ、それゆえの苦労と、反面で豊かな自然を享受して育ちました。体は小さいながら学校の成績は優秀で、中学では生徒会長を務め、生徒教師一丸となって多数の行事を企画実行。高校卒業後は銀行に就職し妻子も得ていました。しかし組合の争議に嫌気がさして辞職、子供の頃からの夢だった漫画道へ進むことを一念奮起し、30歳にして遅咲きのデビューを果たしたのでした。

『ボクの手塚治虫』では、そんな作者の小学生時代(1940年代後半~1950年代)、山奥の村でいかにして漫画に出会い、惹かれ、それを入手するために努力したかが、生き生きとした筆致で描かれています。
手塚治虫の漫画に衝撃を受け、それが漫画道の入口となる点は藤子不二雄と同じですが、ファンになった手塚の漫画を読み続けるための苦労が、都市に住む子供たちとは比較になりません。

手塚漫画に飢えていた頃、遊びに来た親戚の子が持っていたボロボロの単行本『メトロポリス』。手塚治虫の名作です。
男にも女にも変化できる有機アンドロイド、ミッチイと、クラスメートのケンイチ少年との友情と愛情。自身が人間ではないと知ったミッチイはロボットたちを引き連れて人間に戦争を仕掛け、ケンイチと対立することになります。戦いの果てに、ついにケンイチを殺そうとするミッチイ。土壇場で彼女の体が崩壊をはじめ、摩天楼の上からまっさかさまに……。
ボロボロの本はそこから後のページが欠落していました。
けれど高雄少年は結末を色々と想像しては、二次元の少女ミッチイに淡い想いを馳せるのでした。

手塚漫画にすっかりまいった高雄少年は、漫画誌を買うために、小さな体で杉皮担ぎと言う重労働のアルバイトをこなして日銭を稼ぎ、自転車を片道20kmも走らせては町の書店まで急ぐのでした。

当時の山村の風俗史としても価値ある漫画です。人間の健やかさやたくましさ、日々への愛情があり、あらゆる意味で教科書に載せてなんらおかしくない逸品。別の新聞で連載した、作者の中学時代を描いた自伝漫画『蛍雪時代』も素晴らしい内容です。
文庫化されていて入手し易いと思うので、機会があればぜひ読んでみてください。お勧めです。

蛍雪時代―ボクの中学生日記 (第1巻) (講談社文庫)蛍雪時代―ボクの中学生日記 (第1巻) (講談社文庫)
(1999/03)
矢口 高雄

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青春少年マガジン1978~1983 (KCデラックス)青春少年マガジン1978~1983 (KCデラックス)
(2008/12/17)
小林 まこと

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『週刊少年マガジン』創刊50周年を記念して、かつて看板漫画家だった小林まことが、その頃の仕事や仲間について、現在の視点を交えつつ回顧したもの。タイトルにある通り、1978~83年の5年間を主に語っています。

ユーモラスに語られていますが、過酷な話です。
大きな賞をとってデビューし初連載が大ヒット。漫画家仲間にも恵まれて順風満帆。
しかし物理的にほぼ不可能な連載体制で、ろくに眠らずマトモな食事もとらずという生活を半年続けた結果、一日中頭痛、翌日は嘔吐、翌日は鼻血が止まらなくなり…。
それでも一週間寝込んだだけで連載は続きます。精神的に不安定になり、飛び降りてしまいそうな気がして必死に鉄柵を握りしめたこともあったとか。
正直、この辺りのくだりを読んでいて、出版社側が平気であまりに過酷すぎる要求をし続けていることに戦慄しました。若いから眠る時間もなくても半年は耐えている。それにしても、頭痛や鼻血滂沱の状態まで追いつめるなんてただごとじゃありません。漫画家はしょせん消耗品なのか……。(ただ、小林まこと自身には編集記者たちを恨むような気持ちがさしてないようです。上手く肩の力を抜くことも出来る方なんですね。)

小林まことは波を乗り切り、青年誌に移ってからもヒット作を生み続けました。けれどこの回顧録は、波に呑まれていった盟友たちの姿をも描いています。

同じ雑誌で連載し、友としてライバルとして交友を深めていた小野新二と大和田夏希。編集者に「新人3バカトリオ」と呼ばれたほど仲が良かった。
彼らも数十年漫画を描いて、終生漫画家であり続けましたが、その終わりは苛烈なものでした。
小野新二はハードスケジュールで描き続け、様々な病魔に襲われるも漫画を優先。致命的に体を壊し、連載を終了して入院してすぐに亡くなったそうです。
大和田夏希は人気取りレースに疲れて精神を病み、持ち直したり再び揺れたりを繰り返しながらも漫画を描き続けていましたが、自ら命を絶ちました。

こうまでして漫画に打ち込んだ彼ら。
彼らは消え、しかし新たな漫画家たちが現れ、そうして消えては現れてを繰り返している。
巨星にはなれずに消えていく星も数多い。
当たり前のことですが、消えていった星にも焼けつくような熱があり、眩さがあったのだ。そのことを、改めて感じさせられる漫画でした。




アオイホノオ 1 (ヤングサンデーコミックス)アオイホノオ 1 (ヤングサンデーコミックス)
(2008/02/05)
島本 和彦

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小学館の『サンデー』系列で活躍する漫画家、島本和彦が、自身のデビュー直前の大学時代(1980年代初め)を、大幅なフィクションを加えつつ語った自伝的漫画。現時点でまだ連載中。

『まんが道』で藤子 不二雄Ⓐが自身を「満賀道雄」というキャラクターに変えたように、本作では島本和彦は「炎燃[ほのお もえる]」というキャラクターになっています。

これ以前の漫画家たちの自伝と大きく異なること。
それは、《アニメ》の存在感がとんでもなく大きくなっていることです。
藤子不二雄や矢口高雄も手塚治虫の漫画に夢中になっていましたが、それは対個人への崇拝。アニメや特撮といった、作者が曖昧で認知度の非常に高いジャンルに夢中になり、自分のもののように分析したりパロディを描いたりする若者たち、いわゆる《オタク》が現れ、次第に層を厚くし始めた萌芽の時代。発売されたばかりのβビデオがある家庭は希少で、TV番組とは基本的に一期一会ですから、オタクの気合いの入りぶりも熱い。
炎燃もまたその一人。また、芸大の映像学科に通っていた関係で、周囲にもそんな友人が多くいました。

そして、語られているあれやこれやのエピソードが、とにかく痛いです(苦笑)。いい意味での、キモチイイ痛苦しさ。
アニメや漫画のキャラの言葉が座右の銘だったり(でも周囲には理解してもらません)。一読者なのにえっらそーに作品批評してみたり、この漫画の良さが解るのは自分だけと自負してみたり。根拠もなく自信満々で大言壮語を吐き、内心で現実との乖離に怯えてみたり。

意気揚々と上京して漫画の持ち込みに行って、貶されも冷たくもされなかったけれど特に称賛されることもなく、手ごたえのなさに何だか凹んで、価値のない漫画を苦労して描いてたんだと、しばし漫画道から遠ざかるエピソードが印象的でした。そう、若者って繊細なんですよね。

他にも、いまひとつ理想的に会話できなくて後悔したり。女の子を喜ばせようと全力で芸人のものまねをやってウケたけれどなんだか屈辱を覚えたり。思い当たることのある人の多そうなあれやこれやを、例の熱血節で描いています。


ところで、大学の同期生に後にアニメスタジオ「ガイナックス」を設立するメンバーたちがいたということで、この漫画、1/3くらいはガイナックスメンバーの伝記にもなっています。その点でも興味深いかもしれません。




私の血はインクでできているのよ (ワイドKC キス)私の血はインクでできているのよ (ワイドKC キス)
(2009/02/13)
久世 番子

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新書館のオタク少女向け漫画誌『月刊ウィングス』でデビューし、仕事エッセイ漫画『暴れん坊本屋さん』で人気を博した久世番子の、漫画をテーマとした自伝エッセイ漫画。描かれているのは1980年代後半~1990年代かと思います。

掲載誌が講談社の女性誌なので、新書館の頃のような目立ったボーイズ・ラブネタが入っておらず、その意味で安心して他人に勧められる内容です。

現在の作者の視点から、『アオイホノオ』と同系の痛苦しさ(黒歴史と言うべきか?)が、軽いタッチでユーモラスに語られ……いえ、「つっこまれて」います。
時代が進み、アニメオタクの層もいよいよ厚くなって、同人誌即売会も当たり前。漫画の仲間たちとの青春はそこにあり、実に沢山のアマチュア漫画描きたちがいる。そんな中から、一念奮起で羽ばたいてデビューへ。

変化していく時代を感じさせられます。
とは言え、幼少期に肉筆回覧誌を作って周囲に見せていた辺りは藤子不二雄と同じで、50年の時代を経ても、漫画描きには変わらぬ血も流れているのだなとも思えます。
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【2011/01/21 20:37】 | すわさき・感想
【タグ】 漫画の感想  
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